第3回「京大おもろトーク:アートな京大を目指して」〜アート、ゼロの領域

2015年11月25日(金)

司会:中津良平先生(以降敬称略、司会)
パネリスト:蔡 國強 氏(現代美術家)(以降敬称略、蔡)
磯部洋明 氏(総合生存学館准教授)(以降敬称略、磯部)
伊勢武史 氏(フィールド科学教育研究センター准教授)(以降敬称略、伊勢)
高木 遊 氏(総合人間学部4回生)(以降敬称略、高木)

中津

それではですね。時間ですので第三回京大おもろトーク。アートな京大を目指してはじめさせていただこうと思います。
今日はあいにくの天気ですが、非常にたくさんの方にいらしていただきましてありがとうございました。
簡単に今日のプログラムのご紹介をします。まず挨拶がありました後に、今日の主役の蔡國強さんに、約50分の時間をですね、説明、これまで作って頂いた作品の説明をしていただくと。それからですね、京大の三人のパネリストの方に伊勢先生、磯辺先生、それから学生の髙木さんに入って頂いて、それぞれ自分のやっていることを簡単に紹介していただくとともに、蔡國強さんに加わって頂くとともに、今回の主旨に合うような議論になればいいと考えておりますが、そういう風に考えております。
その後に休憩にはいります。そこでですね皆様にお渡ししておりますが、質問表を回収します。それと同時にトイレをつかってアートをやるというのが、今回の一つの売りになっておりますので、ぜひ休憩の時間にアートの展示をみていただきたいと思います。
その後、むしろイベントとしてはここからが本番になるかと思いますが、会場からの質問もいただきながらディスカッションを進めていくと。さっそくですね、挨拶の方に入らせていただきますが、まず京都大学総長の山極先生に挨拶をいただきたいと思います。
特に、今回のタイトル「アート、0の領域」ですか、なんか意味深なタイトルではありますが、これの説明もしていただけるのかなと思っております。

山極

こんばんは。今日は4月から始めました京大おもろトーク、アートな京大を目指しての第三回目になります。最初は「垣根を越えてみまひょか」というタイトルで、土佐さんと私と狂言師の茂山千三郎さんでトークをやりました。二回目は「京大解体」という物騒なタイトルで、森村泰昌さんと酒井さんとそれから大塚君と三人でやってもらいました。
三回目ということで最初私は「アートがあけた穴」という風にやりましょうと提案しました。穴ですから展示されておりますマンホール。それから穴というと、ちょっとセクシャルなイメージを持つのではないでしょうか。そういうアート。
そして、蔡國強さんには、たくさんの穴を空けていただきたいと思っております。京大は解体されてしまいましたので、穴だらけにしていただいて、さあどうなるか、ということを大変期待しております。私はなぜそういうイメージを持ったかといいますと、アートというのは元々は自己表現だと思っています。私は動物学をやってましたから、鳥やほ乳類にしても色々な動物たちはそれぞれに色彩豊かな世界を持っています。人間は三色ですけれども鳥やは虫類は五色ですので、人間のほうがむしろ貧弱なくらいです。非常に豊かな色彩感覚をもって、自己を表現する。
そのうちにですね、様々な関係性、個体ともの、ものともの、個体同士、という関係性がどんどん豊かになっていって、それが畳み込まれて爆発する。その過程がアートなのではないかと思います。
ところで、最初になんにもない穴、そういう空間にもどってもらって、アートとは何かというのを再び考えようというのが今回のもくろみでした。
さてそれをどうみなさんが料理してくれたかを楽しみにしております。是非お楽しみください。これで私の挨拶とさせていただきます。

中津

ありがとうございました。それではですね皆さんがいらっしゃいます、この建物、思修館というんですが、ここの館長の川井秀一先生からも挨拶をお願いしたいと思います。

川井

みなさん、こんにちは。川井でございます。山極総長のほうから第三回目の京大おもろトークをこの東一条館でやっていただけるということですので、大変感謝申し上げたいと思っております。
また皆様にも雨のなか足を運んでいただきまして、まことにありがとうございます。実はわたくしどもも、この2月にこの東一条館に生存学館として引っ越してまいりました。皆さんの中には、東一条館に始めて足を踏み入れたという方も多いかと思います。この地は、よくご存知の方は左京区役所跡だとという風に覚えておられる方もいるかと思いますが、もう少し歴史をさかのぼっていきますと、京都大学はこの東山の地に明治30年に設置されましたが、その10年後に、このかみやだち、中阿達の地に京都市美術工芸学校が移転してまいりました。そういうこともありまして、元来、ここは文教の地であると同時に芸術の地でもあるという風に、時の京都府京都市が考えていたのではないかと思っております。
そういった縁もあって、ここにもし初めてお越しになられた方がいられましたら、一階のところに、ラウンジがございますが、そこに彫刻、陶器・陶芸、漆芸・漆、テキスタイル等がいろいろと展示してございます。これも、今申し上げた、京都市京都美術工芸学校の後進といいますか、京都市の芸術大学の多くの名誉教授の先生方、あるいは職員の方々の作品でございますので、またお楽しみいただければと思います。
今日はアートを語るということで、蔡國強先生にお話いただけるということで、わたくしも楽しみにして参りました。ここの東一条館はオープンにオフィスアワーの時は誰でも自由に入れますので、ぜひこれを機会に、先ほど申し上げたような形でアートをお楽しみいただければと思います。
思修館は京都から世界に発信できる人材育成を目指しておりますので、是非またご支援をよろしくお願いいたします。これで挨拶とさせていただきます。ありがとうございました。

中津

それではさっそくはじめさせていただきたいと思います。蔡さんに登場していただく前に蔡さんの生涯といいますか、それを記録したようなビデオを上映いたします。

ビデオが上映がされる。

中津

大半の方が蔡國強さんをご存知かと思いますし、ご存じでない方も今のビデオを見て、蔡國強さんのアート作品と今までの生涯をお分かりいただいたと思います。現在から過去にさかのぼっていくという紹介の仕方は私にとっては新鮮だったんですが、これからご本人に解説を行って頂きたいと思います。それではいよいよ蔡國強さんにご登場いただきたいと思います。よろしくお願いします。

山極総長、いろいろとありがとうございました。土佐さんもご招待いただきましてありがとうございました。
最近、京都とご縁があってよく来ることができて、嬉しいです。徐々に京都が、自分のアートを発見する基地だとか、いろいろ対話できる場所だとかの一つになってきています。それで今回、土佐さんと山極総長のアイデアに沿って、京都の大学生を対象にして何を話したほうがいいかを考えてみました。そして若い時に自分が何を創ったのかを紹介することにしました。
先ほどのビデオみたいにすごそうな自己宣伝をいっぱい見せるだけではなく、もう少し素朴なものもあるという事を紹介したいです。先ほどのビデオはユネスコで賞を取った時のもので、平和アーティスト賞を取るためのビデオですので、自分の偉そうなことを伝えています。
タイトルは「美術史で遊ぶ」。自分自身はいつもそのような気持ちでやっていますので、あまり疲れないのです。この前モスクワに行って会議してまたニューヨークに帰って、日本に来て。遊びじゃないと疲れてしまうのです。
小タイトルは「美術館に穴を開ける」ということです。なので美術館の話も多いです。
本当に美術館に穴を空けたこともあります。1994年に世田谷美術館で、秦の始皇帝の展覧会をやっていた時、私は美術館の外に穴を掘りました。中に入れるように基礎を破壊して掘りました。美術館では始皇帝を展示してたので、同時に外で私の蔡國強展をやったのです。私は、出来たら自分の作品は内側に入れるようにしようと考えていたのです。
結局、みんな盗掘です。お墓から盗んできたのです。もともとアジアは博物館がなかったのです。大体お墓に作品がありました。ほとんどの作品は盗掘です。お墓から盗んだのです。それでパフォーマンスもしました。俳優にお願いして始皇帝を演じてもらって、お客さんの見える真ん中のところでケシを燃やしました。ケシを燃やして、その匂いを吸うと幻想的な気分になりました。2千何百年もの時代を越えました。ケシも中国から持って来ました。世田谷美術館の元館長の大島さんに税関に説明する書類を先に書いてもらいました。私は90キロもケシを税関に持ってきて、「これはケシです」といいました。「ケシ。何をするために?」「展覧会のため、作品になるから」税関の人に大島さんの手紙を見せて読んでもらいました。「そんなものも作品になるんですか、知らなかった。どうぞ」と言われて通りました。悪いヤツは、税関に直接持っていって見せるわけないので安心してくれました。
1992年頃に日本に来た時は、まだ若かったのでまったくお金が無かったのですがインスタレーションを創りたいと思っていました。十万円しかないですが、展覧会をすることはできないかと言われました。私は川崎の工場にお願いして、廃車を溶かして「嘆きの壁」を創りました。何百、何千台もの溶かした廃車が「嘆きの壁」になりました。座布団もその溶かしたもので出来ています。固い座布団に座って鑑賞するのです。この会場の中に、うちの娘のおむつを使った作品も創りました。当時、娘は生まれたばかりでしたので毎日おむつを洗いました。それをリサイクルしたわけです。そして展覧会が終わったら、壁とか座布団を車会社に売って、作品はまた新しい車になりました。そのために実は10万円はちょうどよかったのです。私は10万円を使って大きい展覧会をしました。
こちらは水戸美術館で展覧会を開いた時の作品です。キュレーター(学芸員)のアイデアは、「今のアーティストは60年代、70年代のアーティストに比べると、エネルギーがない。なぜダメなのだろうか。今の美術館はシステムができすぎてしまってアーティストは力がなくなってしまった」ということでした。私はわざわざその展覧会のギャラリーの窓を外して、部屋の中で200羽の鳥を育てました。お客さんがその鳥かごに千円入れたら、鳥一羽を釈放する権利を得るのです。窓から見ると展覧会のタイトル「開放システム」と書いています。鳥がずっと「開放システム」を見ているのです。千円入れたら、ひもを引っ張り小さい窓をあけて、鳥一羽を釈放します。一羽千円で、私は20万円ほどもらいました。実際鳥は100羽しか逃げませんでした。残りの100羽は逃げなかったのです。お客さんは、お金を入れても、鳥がかわいそうなので「いけいけ」とあまり言えずに我慢してたのです。そして展覧会が終わった時、私はもう他の国で展覧会をしていたのですが、水戸美術館から電話がかかってきました。「蔡さんどうしましょうか。まだ百羽もいますけど、もう展示を続けることはできないから…」私は「いいよ。美術館の網を全部開けて鳥を全部外に出したらいいよ」と提案しました。鳥は100羽全部出しました。そして窓にガラスを復元しました。しかし、鳥たちは毎日ガラスに激突するのです。なぜかというと、屋内にはエアーコンディショナーも食べ物も飲み物もあったので、鳥たちは入りたいわけです。そういうことを見せたかったのです。一ヶ月ほど、近所の人は美術館にかわいそうと文句を言い、美術館のスタッフは窓の下にえさを置きました。ようやく1ヶ月後に鳥たちはどこかへ行ってしまったのです。
これは別の動物を使った作品です。スペインの人からビジネスクラスの飛行機チケットのお金は払えないけど何か作品をつくれないかと言われました。私はいいよと言ってそのお金で亀を買って、その亀の上に植栽をしました。木とかお花とかを甲羅に植えられた亀があちこち動くことによって、「移動する庭」を表現したのです。1億円もらっても、すぐに使ってしまいますし、10万円、1万円でも作品を創れるには創れます。

去年、アスペンというアメリカの有名な街で作品を創りました。アスペンは百年ほど前に石炭が取れて発達した街です。今では鉱泉がなくなり、たくさんのゴーストタウンが残ってしまいました。私は展覧会のためにいろんな亀にお願いして、撮影をしてきてもらいました。亀の甲羅にipadをつけたのです。亀は観光客みたいにあちこちで撮影を行いました。亀は旅行したのです。いろいろな廃墟を亀は上手に撮影しました。亀の歩くスピードもよかった。そして、面白い映像が撮れたのです。ゆっくり歩いて、こっちを撮影したり、あっちを撮影したりするのです。亀のとった映像は、普通の人間のカメラマンよりもずっと上手でした。しかも低い視点から撮るから本当によかったのです。亀は部屋の中にも入っていろいろ撮影してきました。そして作品ができたら美術館の庭に亀に優しい環境を作りました。亀はその中でそのままビデオを背中に持ちながらお客さんに作品を見せたのです。つまり自分の撮った映像を自分の背中にのっけてお客さんに見せたのです。これは少しメディアアートみたいです。
そして、私はオープニングのために、「黒い稲妻」を創りました。昼ですから稲妻は全部黒で創らなければなりませんでした。亀もその「黒い稲妻」を見ました。それも撮影することができました。これは人間が見た「黒い稲妻」です。どんどんどんどんと空から降って来るのです。コンピュータチップを球に入れて落としているんです。そうしないと上から下にはいかないのです。
アメリカに行った時、ニューヨークの美術館で「文化大混浴」を創りました。まずはきれいな庭を創って人々を魅了させないといけませんでした。そしてジャグジーの中に人間にとってすごく健康によい漢方薬や、美しくなる漢方薬などをいれました。アメリカの場合は、お客さんはサインをすれば、ジャグジーに入ることができます。サインしてジャグジー入ったらそこで起きた問題は美術館のせいではないということです。フランスの場合はサインをしなくても裸で入れます。こちらは台北でやったときの写真です。美術館がジャグジーになるとか、お風呂場になるなんていうこともしてきました。結局、お風呂にはいるとみんな近い距離で対話しなければならないのです。違う人種とかいろいろな人とも出会ってしまうのです。お客さんは、お風呂、ジャグジーの中でインタビューされたりしていました。
美術館をゴルフ場のようにしたこともあります。中国の国旗をたてたりしました。社会主義の国はどこもゴルフ場がいっぱいあるので、それをテーマにした作品でした。お客さんが美術館のギャラリーでゴルフできるようにしたのです。いろいろな国の美術館でゴルフ場を作りました。
こちらは「私は二千年虫」という作品です。ウィーンでやりました。ちょうどあのとき、みんなコンピューターで2000年になったら大きな事故が起きるのではないかと思っていたので、私もわざわざコンピュータを使ったのです。真ん中には何千発、最後は1万5000発ほどの爆弾がありました。この爆弾の下に全部地雷みたいなセンサーが付いていて、お客さんがどこかを踏んだら、どこかの爆弾が爆発してキノコ雲が出てくるという作品です。お客さんがたくさん入ると、誰にどこを爆発させるかさせないかをコンピュータが自分で決定することになりました。
もう一つ、いつもはあまり紹介しないのですが、今日は紹介します。これはほとんど人に見せてないです。イギリスのアイルランドのプラウ地区でやったものです。ギャラリーの中のたくさんの場所に芭蕉を植えて、葉っぱの上に鬼の物語を書きました。お客さんは静かな美術館を歩いて、この物語を読みながら怖くなるのです。たとえば、葉っぱの上に「君の後ろ、誰かいる」と書いてあるわけです。読んだらちょっと怖くなりますね。そういう怖い、鬼とかそういった見えない世界の存在を、ギャラリーで、展覧会ができるかどうかを考えたのですが、なかなかうまくいきませんでした。いつも挑戦なので、難しいです。毎日、夜の誰もいないギャラリーを監視カメラで撮影して、翌日、別のギャラリーでプロジェクターを使って大きく投影することもしました。お客さんはみんなゆっくり時間をかけて、昨日の夜このギャラリーで何あったかを興味深くずっと見ているのです。そして、見ながら少し怖くなってくるようです。
それではもう一つ。シドニーのビエンナーレで、2000年の時に、私は写生実演をしました。客はギャラリーにある油絵絵画を鑑賞しています。そしてあるギャラリーに入ると、突然裸の女性が馬に乗っていることにビックリするのです。地元の絵描きたちを集めて、みんなでこの女性と馬を写生したのです。私も絵を書いてしまいました。
こちらは美術館で川を作ることになった時のものです。上に展示されているのは全部自分の作品です。だから自分の作品を見るために、船に乗って、あちこちに行きます。「随意の歴史」という作品です。美術館の川です。そして、美術館でいろんなローラーコースターを作ったこともあります。上にはフランスの美術史を貼って、ローラーコースターに乗って、いろんな美術史を見学するのです。そして結局、美術史はローラーコースターのように、誰が作ったのかということです。このような感じです。
フィラデルフィアで、私が北京オリンピックの仕事をやってるうちにフィラデルフィア美術館の館長アンヌさんは、私の個展のワンマンショーをやりたかったようでした。しかし私は忙しくてやることができませんでいた。北京オリンピックが終わって、戻ったら、彼女はガンで亡くなっていました。彼女の友達である、もう一つ美術館の館長のキッピーさんは、「いつもアンヌさんは蔡さんの展覧会をやりたいと言っていた」というので、私はキッピーさんとアンヌさんの友情の物語を録音して、中国の田舎の農民たち、要するに布を作る職人さんたちに、その録音したテープを中国語にして聴かせました。職人さんたちは物語を聴いて、自分で想像して、この物語をずっと布で作っていくのです。三か月の展覧会のうちに、その物語のイメージを自分たちの想像で作っていきます。もう一つのギャラリーには川を作って、その物語を聞きながら、絵を描きました。描いた絵をオープニングの日に、爆発して、火薬の絵画をつくりました。それは一つの長い絵巻物みたいでした。絵ができたら、そこに水を流し込み川にしました。するとその川は、水をずっと循環で流しているので、絵はどんどん薄くなってしまいます。三か月の展覧会のうちに、流れる水で絵がだんだん薄くなるのです。つまり記憶は消えていくという考え方です。
この方がキッピーさんです。今私が展示している美術館の館長です。そして、こちらがアンヌさんの旦那さんです。開会式にきてもらいました。これが川の写真です。私はアンヌさんの記念のためにフィラデルフィア美術館の外から街に向かって、花の形に爆破しました。
これは広島の作品です。美術館の床にたくさんの水を入れて池にしました。「無人の自然」という作品です。今度はオリーブオイルで行いました。ニースでやりました。オリーブオイルには一週間に必ず誰かが一人落ちます。注意しないで落ちてしまいました。今度はメキシコでメスカルのお酒で行いました。9トンも使いました。これをメキシコ大学の美術館でやったのです。メキシコの大学の学生たちはお酒をのんではいけないのです。なので学生たちは毎日ここに来て、だれも見てない時にこっそりと飲むことになりました。蒸発もあって、学生たちも飲むから、だいたい1週間で1トン入れないといけませんでした。匂いがものすごくキツイので、自分もこのそばに長く立つと酔ってしまいます。

次はまた別の話です。『ウォッカでザハを愛撫する』という作品です。ザハは是非、私とコラボレーションをしたいと言っていました。ザハ・ハディッドさんです。東京オリンピックのデザインをした人。彼女はなかなかエネルギッシュな人です。私とコラボレーションしたいと言ってきました。私はザハさんどうぞ先に作ってくださいと言いました。ザハは氷と雪のパビリオンを先にフィンランドで作りました。私はザハに「オープニングの時、私は9トンのウォッカを買って、作品の上に入れてそれを点火して、火でこのパビリオンを溶かしてしまうことと、ウォッカで君を愛撫するということを言ったら、すごく喜びました。彼女は素敵なアイデアだと喜んでくれました。しかし、(作品が)できたら自分の建築はすばらしいと思って、一気に焼いてしまうとかわいそうだな、残念だなと思い、私に「できれば展覧会の最終日にやってくれないか」と聞いてきたんですよ。私は「それならつまらないじゃないか」と返事をしましたら、彼女は「じゃあちょっとだけやってください」とか言うんですよ(笑)私は9トン使って、本番はたき火のようなちょっとの大きさになってしまって、あまり全面にやれなかったけど。
そのことでザハはビビりすぎてて「私の作品は蔡さんにちょっと壊されてしまった」とか言ってて。つまり本当のコラボレーションは難しいです。やっぱり建築家は自分なりに譲れないところがあるから。だってザハは滅茶苦茶なやつなのに、「あーダメダメ」と言うでしょ(笑)アーティストはアーティストなりにやらないといけないこと、やらないともう作品にならないことがあるとザハにも言いました。

次は京都の方は、懐かしいかもしれませんが、「長安からの贈り物」という作品です。1200年祭の時に是非やってほしいと言われました。なので、私は西安に行って、西安の市役所に「京都に対して1200年祭のプレゼントを何にしましょうか」と聞きました。そしたら「やりたいけど何したらいいかわからない」と言われたので、「1200キロの酒をくれないか」と私は言いました。飛行機で運んでくれました。そして京都の市役所の広場で、それを燃やしたのです。街が酔ってしまう感じです。美しかった。青い火で1時間も燃やしたのです。
今回私は有名なキュレーター、ヤンフートという人とコラボレーションをたくさんしています。彼が私の作品を買いたいと言うので、私は彼の美術館の収蔵庫に行って、壁を爆発して、恐竜を作ったのです。「じゃあどうぞコレクションしてください」と。でも美術館の収蔵庫ですから、全然人々に見せることが出来なかったなかったのです。彼はキュレーターとアーティストの間にいつもお互いにゲームをしているのです。例えば、彼が新しい美術館を作った時、私のところにやってきて「作品のアイデアはその私が使うはずの予算、たとえば5万USドルくらいのお金に全部爆竹をつけて、点火するというのだがどうか」と提案したのです。その新しい美術館のオープニングのために。
彼は手紙を送ってきました。「ベルギーの財政局ですか、大蔵省に聞くと、そんなことをやると少なくとも20年間は刑務所に入らないといけない」と言われました。それでは代わりにそのお金でカジノのギャンブルで使うお金を買って、爆竹につけたんですね。こういう感じ。下で傘を持って立って、ボンボンボンボンと、燃やしたのです。
またもう一回一緒に画策した時は、私は屋内のお風呂を外に持って来て、「空中入浴」という作品を作りました。そして人にお願いして、ずっとお風呂に入っててもらいました。道で。あまりにもたくさんの人が見に集まってしまって混んでしまったので、交通警察も使うようになってしまいました。
また別の彼の展覧会の時、公園で現代美術作家100人くらいの大きな現代美術展をやった時、私は地元のアマチュアアーティストたちを呼んで、公園の中で絵を描かせました。写生です。それはまったくの冗談で、みんな現代美術、めちゃくちゃなコンセプトアートとか、彫刻とかを使って、地元の100人も200人もの油絵を描く人とか水彩画を描くおばちゃんもおじいちゃんも集めて、そのアーティストたちの風景を写生したのです。ヤンフートも喜びました。実はそのヤンフート自身も、ベルギーの女王の水彩画の先生をしていますが。このころはまだ髪の毛があったのですね(笑)若かった時、彼はこのような感じでした。
ヤンフートが自分で作った美術館から離れてドイツの美術館に行く前に、是非私のワンマンショーをしたい。作品をコレクションしたいと言ってきました。ずっとコレクションしていなかったから。そして、私は美術館に入ったところにあるロビーに巨大なヤンフートの顔を火薬で描写したのです。「ヤンフートの遺産」というタイトルでした。ヤンフートを爆発しました。この美術館のロビーに入ると、巨大なヤンフートの顔があります。次の館長が、誰かがいつか壁を白く塗る時を待つのです。ヤンフートは私の作品をせっかくコレクションしても、なかなか使えないのでそれを嫌がっていましたが、アーティストにはこういうやつがいるほうがいいですよ。そしてヤンフートはドイツの美術館に行く前日に、この壁を自分の手で白く塗りました。つまり、次の館長を困らせないように自分の手でやったのです。それをやる前に私に手紙を送ってきて、「自分でやりたいが、それでいいか」と聞いてきたのです。私は「それは君のコレクションだから、自分で決めてください」と言いました。
そういう話はたくさんあります。例えば、ヴェニスビエンナーレでやった時、あの時金獅子賞を獲りましたが、私は自分の作品に対して小さいパンフレットを作りたかったのです。その時のキュレーターのハロルドゼーマンに聞きました。自分のパンフレットの中にヴェニスビエンナーレのロゴを印刷していいかと。ハロルドゼーマンは一気に顔の色が変わりました。「君はアーティストなのだから、自分で責任をもって決めないといけない」と言われました。「よしわかりました」といって、当然プリントしましたけど。このような昔のキュレーターとアーティストの関係は凄くよかったと思います。キュレーターはアートを好きなだけでなくて、アーティストも好きでした。キュレーターはつまり、プロデューサーみたいに電話をたくさん持って、いろんなマスコミを呼ぶとか、スポンサーを集めるとか、そういう時代ではなかったのです。むしろ一緒に冒険する、そんな時代でしたね。
ヤンフートは私の川に乗ったりしてました。(「随意の歴史:川」の作品の写真)ヤンフートのドイツの美術館のオープニングの時、私は自己爆発の車を走らせました。
そんなヤンフートは去年亡くなりました。彼が亡くなった時、私はベルギーにいました。ヤンフートの息子から「実はうちの父はぜひ美術館の空に蔡さんの黒い雲を一回見てみたいと言っていました」と聞きました。それを聞いて私は感動して「つくってあげますよ」と言って、ベルギーの街の爆竹屋さんをあちこち探して、たくさん爆竹を買ってきて、解体して、火薬を入れて、そしてデッサンを書く時に使う木炭を何キロも入れて、美術館の空に黒い雲を作りました。ヤンフートに捧げたのです。
イタリアの大きなお墓のために「空霊の花」という作品をやりました。つまり人間に見せるためではなくて、死んだ人のための花火大会をそこで企画したのです。三分間続けてあがる花火をお墓の人たちのために捧げました。翌日、私は帰る前に道に出たら、色いろな人から声をかけてもらいました。「お父さんはきっと喜んでいます」「母の代わりに感謝します」とたくさん声をかけてもらいました。
アメリカの軍隊の軍事基地、軍隊の空軍基地の空に、6機の戦闘機を使って中国の山水画のようなものを描きました。二機は山を描いて、四機は滝と川を描いたのです。
これは台北の美術館の外に全部竹の格子を作って、地元のいろいろな会社に広告を貼ってもらった時のものです。広告を貼ってもらって、お金を儲けるようにしたのです。「広告城」という作品です。中にも強精剤の広告も貼ってしまった。隣にアラーキさんの写真も貼ってたんです。こちらは夜です。大騒ぎになりました。公立美術館が広告の売り場になってしまったと。
これはニューヨークです。ニューヨークのホイットニービエンナーレのために「あなたの風水は大丈夫か?」という作品を作りました。ニューヨーク、マンハッタンの人に質問するのです。たくさんライオンの石像をおいてコンピュータも置きました。地元のアメリカ人はコンピュータで調べると、自分の風水いいか悪いかすぐわかるようになっています。悪かったらその部屋を見に行きます。見に行って、風水の悪いところを全部写真撮って、そのライオンの像をを売ります。みんな買ってしまう。私は自分自身でギャラリーを持っていないから、美術館を勝手にギャラリーのように使って作品を売っていたのです。小さいやつは500ドル、大きいは1000ドル、真ん中は800ドル。みんな私の作品を買いたくなるのですね。だって安いでしょう、何百ドルだったら。でも誰にでも売ることはできないのです。風水が悪くないと売りませんから。苦労しました。たとえば、この人は入り口を入ったらすぐエレベーターがあって、風水が悪いから一個売りました。次の人は扉を開けたらすぐトイレが見えて、これも風水が悪いから、ラッキーの神様が入りませんよといって、これも売りました。この人は今はすごく有名になりました。あの時はまだハーバード大学の学生でしたが、彼の家の窓から教会が見えたのです。教会では毎日葬式やっていたのでよくない。この窓から守ってくれるからといってライオンを置いていったのです。今では、アートフロントの起業家になったんだけど。ドイツ銀行も、9.11で倒れた大きな建物が前にぶつかったところだったので、二つのライオンを置いていきました。9.11の後に、この中のドイツ銀行の人はひとりもケガをしていません。このライオンのおかげです(笑)そしてライオンは消えてしまったね。おかしいですね。そのあとライオンはずっと見つかってないですね。
次の作品は、是非中津さんに見せたいです。メトロポリタンの美術館の屋上に大きなガラスを立てたのです。そっちは9.11で倒れた二つのビルが前にあったところです。私はその方向に立てました。しかし、鳥が飛んで通過する時、ぶつかって落ちてしまいます。結局、文化と文化の間、宗教と宗教の間にはいつも見えない壁があるのです。本当は越えれると思っていて、ぶつかって落ちるのです。実はこれはなかなか良い作品だなと思っていいるんですけど、オオカミ(「壁撞き」の作品)みたいに有名ではないです。実はこれはすごい作品ではないかなと思います。やはりその、テロ事件とか、アラビアの問題とか、文化と文化は複雑な事で、アートの力は曖昧なところにあります。言いにくい、言ったら間違いかもしれない、そんなものを表現してしまうと、なんとなく心に衝撃がくる、歴史に残るのです。この我々の時代の複雑さと難しさをその壁に向かって鳥が通れずに落ちてくる、飛べずに落ちてくる鳥で表現しています。でも本当は実際のこの鳥は、偽物を置いていました。そうでないと反対運動が来るもんですから。時々、本物の鳥も飛んで落ちるのですが、すぐに美術館のスタッフがどこかへ持っていきます(笑)そして毎日、昼の時に、一発、黒い雲を作りました。平和の中に。
これは「蓬莱山」という作品です。前回は新潟で作りました。蓬莱山があって、池があって、いろいろな飛行機や潜水艦があって。蓬莱山は東の海にある、そして我々のアジアの中にある理想の国です。しかしアジアの哲学では、蓬莱山はユートピアで本当にあるかどうかわかりません。今の東の海は中国と韓国、韓国と中国、中国と日本、多くの国がギクシャクしています。なので私はこういうテーマにしました。これは全部草で作った潜水艦と飛行機です。地元の人にお願いして藁で作りました。蓬莱山の裏側は本当はからっぽです。実は空想で嘘かもしれない。でも正面から見ると綺麗ですね。
今度は別の話をしましょう。「一夜情」という作品です。パリの観光の船を改築して、ラブホテルにしたものです。パリの市役所の募集で50組の恋人を世界中から集めました。最初は「ONE NIGHT STAND」という文字の花火を打ち上げました。それから12分間の花火はシミュレーション、ラブのまねをしたんです。セックスの過程ですね。それを恋人たちも見て、喜んだ後にテントに入るのです。テントに入ると私たちには見えないですが、テントの中の電気がついたら全部影がシルエットで見えるのです。でもみんな電気つけてくれましたね。岸から何十万人もカップルたちのパフォーマンスを見ていました。それを何時間も続けて。パリの市長は私の隣に座っていたんですけど、市長は最初は「私をぜひ呼びたい」と言っていまして、私は「やるならば川を使いたい」と言いました。彼は「川だけはやめてくれないか。なぜなら川は国のものだから。できたらタワーとか、いろんなところを使ってほしい」と言いました。私は「川じゃないとやりたくない」と言いました。それで「プランを出してくれないか」と言われて「ONE NIGHT STAND」のプランを出しました。『パリこそ、ロマンティックな街じゃないか、その夜パリは世界の人々と恋するんです』と。彼は「これは天才のアイデアだ。しないといけない!」と言ってくれました。それで中央の経済局長に相談して、コンセプト見せたら彼らも是非やりたいというので川を使うことが出来ました。この川では30年間も一度も花火をあげてなかったのですが、花火もあげさせてくれました。テントの中は影で全部見えます。
恋人は中でラブラブして、すごく気分がよくなった時にスイッチを押すと、いっぱい花火があがるのです(笑)50組の恋人のために、私は300個もスイッチを作りました。恋人たちが船に上にあがる前にちゃんと説明しました。「ちゃんと興奮してから押してくださいね!300回しかないから!」それで一応、日本の方も入りました。その後、会った時に「スイッチ押しましたか」と聞いたら、「一応、押しました」と答えてくれました。
だんだん終わりに近づいてきました。昼花火というものを最近開発しました。夜はだいたい夜花火、つまり光を使いますね。昼花火は基本は煙を使います。美しいですがなんとかキャンバスにしないといけないので研究しました。そして横浜で春画にしました。欲があってなかなかコントロールできないということは火薬と同じだと思ったのです。この入れ墨と花札ですか、こういった日本の伝統的なものも使いました。春とか夏とか秋とか冬。春画を色の火薬を使ってやっています。今度はケシです。まだもう少し研究しないと十分ではないです。ケシの幻覚を表現したいと思っています。そのアヘンとか大麻を吸ってから絵を描くアーティストは歴史的にいっぱいいます。ゴッホもピカソもそうでした。でも想像で描く人もいますし、実際吸ってから描く人も大勢います。でも私はそれとは別の方法で、「素材で幻覚を表現できないかな」と思って、この火薬にお願いしているのです。今はキャンバスの絵画ですね。結局、黒い火薬は爆発が早いです。色のついた火薬は遅い。男と女みたいな感じです。爆発する反応が(色によって)全部違うんです。
もう一個の作品はイタリア、ミラノの山頂にあるんです。ここお城から見ると、畑に舞台があるんです。この道は2000何百年前のローマ時代の道がまだそのままありまして、世界文化遺産です。観光客は夜になると、見るものがないから。上から見えると舞台が見えまして、この舞台は永遠に演出はないです。昼も夜も。夜になるとライトを自分で点火して、この舞台はずっと何千年の時空を物語りしてるんです。私はこのプラン、この作品好きですけどね。
こっちは日本にいた時、若かった時、1990年にビックフットのアイデア作ったんですよ。なぜならば、中国のパスポートを持って海外行くとなかなかビザを通してくれない。だから巨人の外星人の想像をしたました。国境を無視するビックフットね。でも、実現できなかった。やっと2008年になって、オリンピックの空にビックフットを初めてやれたんです。だから私は学生たちに言いたいのは、若い時に色々アイデア作って良いんですよ。実現しなくてもいつか成長すれば、実現できますから。そういうことを言いたい。

たとえば1994年にイギリスのバースで窓の上にはしごを描いたんですよ。
(マジックペンではしごが描かれた窓の写真)
最初、このはしごはあそこで実現したかった。けどできなかった。なぜならば飛行機の問題があって、許可申請をしなければいけなかった。実際に申請ができても、天気悪くて実現できなかった。今度はAPECの時、もう一回挑戦したんですよ。でも9.11事件の直後だったんです。APECだからブッシュ大統領も来るんですよ。ホワイトハウスの人々は、警備体制のためにミサイルまで持ってきたんです、小さいミサイル。空に何かエンジンがついているものが通過すると撃墜する。また実現できなかった。今度はロサンゼルスでやろうとしたんですよ。ロサンゼルスのハリウッドの山の上に天文台があるんです。この天文台は月に行く宇宙飛行士、パイロットが帰る時、もし故障があったら目で地球に戻れるようにここで訓練しているんです。私はここは完璧な場所だと思って、ここからひとつはしごをつくれば街全体の人々に見えるんじゃないかと思ったんです。でも、それも実現できなかった。なぜならば保険会社が保険を出してくれなかった。それからこの山の住民たち全員がサインしてくないとできなかったんです。それでやっとうちの故郷の港で実現しようとしました。船に乗って、家族、奥さんと二人の娘と一緒に。風船にヘリウムを入れて。今回は私のおばあさんのために、おばあさんはもう100歳になったから、私は世界中のあちこちで作品をつくってきましたけど、故郷の人や特におばあさんは見ることができていない。いつかもう見れなくなっちゃうんじゃないんだろうかと心配になって、おばあさんのためにつくろうと考えました。500メートルの高さです。うまくいきました。
(「スカイラダー」の写真)
おばあさんはこの天梯のアイデア実現の40日後、亡くなりました。よかった。Facebookで2日間で3000万人が見ました。今はもう世界中何億人もの人が、テレビとFacebookで見ています。ただ携帯で撮ったビデオでした。アメリカの大きいニュースにもなりました。
最後もう一つ紹介します。「中国芸術の困境」。来年、私がキュレーションして中国現代美術展をやります。私の思う中国の問題は、ひとつまず政治。社会主義だから、世界中から中国人の政治とか社会問題を見てもらいたい。そういう政治の問題があるとみんな評価してくれます。あとはイメージも中国らしいものでないといけない。アンディ・ウォーホルの作品です。コカコーラと毛沢東ね。レーニンとか。こちらはソビエトの現代アバンギャルドアーティストがポップアートをまた作ったんですよ。こちらは中国人のポップアートです。それでみんなが評価するんですよ。政治か、または商業か。中国人らしいものを西洋人が常に期待しているんです。そういうものを。
(中国人の作家の作品写真のスライドを次々とめくる蔡氏。)
ただこの作品はサザビーズで50億円も越えるすごいオークションができた。1点でね。中国のマーケットはもう世界で今2番目とか3番目とか、アメリカとイギリスと中国がずっと競争していて、2011年の時、中国はアメリカ以上によく売れたんです、オークションで。だから私のテーマはアートはどうか、政治と社会の他、またマーケットがよかった、アートはどうか?というテーマで展覧会をしたんです。
もうひとつ短い映像がありまして、中国の他のアーティストを紹介するものですが、少し見せます。
(中国人のアーティストを紹介するビデオが流れる。)
この人は中国人の農民のアーティストです。私が見つけました。私はこの人にお願いして、500個の彫刻を作ってもらいました。全部中国の現代美術家たちの作品を表現する彫刻です。中国現代美術史を作ろうとしているんです。
この人はパソコンゲームの開発をしている人です。
(パソコンゲーム作家の紹介映像)
最後のこの作品のタイトルは、自由という水。私がやりたいのはつまり社会問題とか政治問題。それでいいですよ。ただし説得力ある、想像力ある手法を見せてくれないとダメだということ。だから自由は社会問題ですよ政治問題。それでいいですよ。という展覧会を今集めています。これで終わります。

中津

ありがとうございました。非常に深く感動しながら、ところどころ笑えちゃうという、非常に希有な体験をさせていただいたかと思います。

中津

さて、それではですね。いよいよそのアートな京大を目指して、という京大から何人かの方が蔡國強さんに対抗できるか、ということかと思いますが(笑)
まず、伊勢先生のほうからですね。よろしくお願します。

伊勢

よろしくお願いします。蔡國強さんの後に一体何を話すんだという感じで、非常に感銘を受けたところなんですけども。
私のほうからは、アートに科学がなんとか穴をあけられないかということをお話をしたいと思います。アートからはどんどん穴を開けられたんで、逆にサイエンスのほうから何か開けられないかなと考えたりするんですけれども。
僕がやっていることは、コンピューターシミュレーション。これがサイエンスの本職なんですね。昔から進化生物学、これを勉強してきました。で、芸術活動っぽいこともやっていまして、この一見関係なさそうな3つがどうつながるか、ちょっと簡単に説明したいと思います。
ちょっと自己紹介なんですけど、ナショナルジオグラフィックに記事を書いたりしていまして、これ表紙に名前が出て嬉しくなって写真を撮ったりしちゃいました。あと、ナショナルジオグラフィックののウェブサイトのほうにも、ゆるい感じで、サイエンスと芸術についてとか、環境問題についてとかいろいろ書いたりしていますので、もし関心ある方がおられましたらご覧になってください。
僕の本職なんですけど、コンピューターシミュレーションでバーチャルな森を作っているんですね。これは樹木の特徴を設定してやります。例えば、熱帯に向いている樹木、寒いところが得意な樹木、あと成長は速いけど寿命が短い樹木、成長はゆっくりだけど日陰になっても死なずに生き残るような樹木、いろんな種類の樹木があります。その樹木をよーいどんで、コンピューターの中で成長させてやると、こういうふうに自発的に森が生まれたり、生態系が生まれたりするんですね。
こういうことで、その森の本質とは何かというのを考えたりする研究をしています。例えば環境の変化、温暖化などで、森は一体どう変わっていくのか、そういうものをこういうシミュレーションによって再現しています。で、言い方をちょっと変えると、どこまでシンプルにしても木は木であるのか、森は森であるのか。そういうことを考えるような研究であるとも言えます。
木は本当複雑な形をしているんですけど、ただの円柱ってことで、すごく簡単にしていますけども、森の本質の何らかの側面を捉えているんじゃないかと自分では考えたりするんですね。僕の考えているこの疑問というのは、芸術と関連があるんじゃないかとも思います。例えば、すごいシンプルなアートがありますね。ミニマルアートと言われるようなものがありますけども、どこまでシンプルにしても、そのものはそのものなのか、形なのか、あるいは美しいのか、みたいな感じのものを追求する。だから実は根底の思想のところでは、シミュレーションと似ているんじゃないかと思ったりします。
あとですね、シミュレーションっていうのは、材料と環境を用意して、お膳立てして、あとはコンピューターがランダムに物事をすすめていくっていうそういう研究なんですね。これって実は、まさに蔡さんのやっておられたような、僕もパラソフィアを見に行ったんですけども。ロボットが手に持った筆に絵の具をつけて、ピッピってやることによって、何らかのアート作品ができるってことをしておられました。あと、有名なところでは、ジャクソンポロックという、絵の具をたらすことがアートになるっていうんですね。こういう人たちがやることって、お膳立てをするけれども、あとはランダムに任せるようなことをしていたりします。実はこういうことで、シミュレーションは現代アートに近いところがあるんじゃないかと考えていたりします。
進化生物学のほうのお話なんですけども。これ、ちょっと芸術家の方にはケンカを売るようなこと言っちゃうかもしれないです。進化生物学の僕としては、美を決めるのは環境であり、生物進化である。人間にとって絶対的な美が存在するというふうに思っちゃうんですね。
どういうことかというと、なぜ人に美的感覚があるか。こういうことを問われた時に、進化生物学者はこう答えます。何かを美しいと思うことは、生存と繁殖に有利だから。非常にシンプルな答えなんですね。昔僕らが原始人だった時代に、何か美しいと思った人が生き残って、醜いと思った人が死に絶えた。だからなにか美的感覚があるというふうに思ったりするんですね。
写真が出てきましたけれども、左側は美しいフルーツです。このフルーツ。このフルーツを見て、僕らは綺麗だな、いい匂いだな、おいしいなと思ったりしますね。でも人間がこのように好ましいと思う感覚っていうのは、このフルーツを食べることが人間にとってプラスになるからなんです。で、この反対側にあるのは禿鷹の写真です。禿鷹って死肉を食べますね。禿鷹に僕はインタビューしたことがないんで分かりませんが、もし禿鷹に心があったら、禿鷹は動物の死体を見たり、肉の腐った匂いを嗅ぐと良いな美しいな、と思うかもしれないですよね。というように、生物にとって何かを美しいと思うというのは、生存と繁殖に意味がある。というのが僕の仮説なんですね。
もう一個言いたいんですけども、これ森の中で僕が見つけた倒木です。木の一部分なんですが、鬼の顔みたいに見えませんか。目があって、口があるような、こういう感じしますよね。僕は森の中でこれを見てすごくぎょっとしたんですけども、次の瞬間、あぁこれは木だ、と思いました。こういう人間の感覚って「Type Ⅰ(タイプワン)エラー」、「擬陽性」っていうんですね。本当はそこにいないものをいると思っちゃうという、これは心のエラーなんです。
逆にこれ何が写っているか分かりますか。木の幹かなと思うけど、よく見るとフクロウがいますよね。これ実際にそこにいるのに、いないと思っちゃうこと、これ「偽陰性」と言います。逆ですね。偽陰性っていうのは人間に致命的な影響を及ぼします。猛獣が隠れていて、人間が気付かなかったら食べられちゃいますから。ということで、人間は心で偽陰性をさけるために、そこに頑張ってきた訳なんですね。でも偽陰性を避けるっていうことは、半ば必然的に先ほどの偽陽性が増えてきちゃうっていうことになりますよね。何かそこにいないものをいるって思っちゃうことが、芸術の始まりであったりとか、あと宗教の始まりであったりとか。人間が何者であるかっていうところにかなり関連しているんじゃないか、ということを思ったりしています。
というわけで今京都大学の方で、挑戦的なプロジェクトを始めていまして。僕が代表になりまして、宗教哲学の先生とか、芸術学の先生とかこういうメンバーで集まりまして。なぜ人は森で感動するんだろうか。もしかして、僕らは原始人だった時の記憶が残っているんじゃないだろうか。森は美術的に美しいのはなぜか。あと森で宗教的な感動があったりするのはなぜか。こういうことを考えてみよう、ということをしていたりします。森の中に芸術家を呼んでみたりとか。
あとこんなこともしています。この人が頭につけている猫耳は脳波計なんですね。見た目はポップでかわいいんですけど、この人の脳波を計ってるんです。森の中でリラックスするとか、緊張するとか、どういう状況で緊張やリラックスがくるか、そういうものを視覚的に表すという、立派な研究に使うようにしようと考えています。
あとマンホールプロジェクトというのをやっておりまして。僕らがトイレで用を足すと、その汚水っていうのはマンホールに流れていきますよね。僕らの現代の社会がこんなに美しくて清潔で便利なんですけども、実はそれってマンホールに支えられている。僕らは普段気付いていないんですけどね。そういうことをみなさんに考えてもらいたいということで、マンホールプロジェクトをやっておりまして。今この会場の1階男子トイレにありますので、またよかったらみなさんご覧になってみてください。
僕のほうからは以上になります。

中津

どうもありがとうございます。
ここで、今の伊勢先生のですね、科学者から見た美とは何かとか、美術は何かという定義は私もすごく同感するんですけど、なんかえらい単純かなあという(笑)
このへん、アーティストの方に蔡國強さんに、お聞きしたいと思います。美とは何かという定義をあの方されたんですけど。

でも、美とかなかなか言うつもりじゃなくて、さっきのあれ見ていつも私が考えていることと共鳴してます。良いアーティストはいい動物であるべきだと思うんですね。実はアートは、どんなコンセプトを考えても、コンセプトは問題あるじゃなくて、アイデアをいっぱい考える。いいアーティストは才能があるから、動物と同じですよ。アイデアはいっぱい増えてくるんです。問題は、今ここで何のアイデアをつくるか。それは政治的、社会的、歴史的に判断しなければいけないんです。今自分はキュレーターをしているからたくさんアーティストのアイデアを考えている。それは、良い動物じゃないと分からないですよ。
やはり動物のような良いアーティストは、どこに隠れて、ガーンっとできるか。(ボクサーのように殴るジェスチャーをしながら)上手ですよ。ほんとに上手。その点、良いアーティストは、永遠なるものを持つということですよ。つまり、自然的なもの、素朴的なもの、基本的、普遍的なもの持ってるから。だからその力はやっぱり強いですよ。

中津

伊勢先生、いかがですか

伊勢

はい。まさに、おっしゃる通りで、人間の力っていうのはすごく面白いなと思うんですよね。人間っていうのは動物であって、僕らは動物の感覚を活かしながら人間の社会を生き抜いている。良い動物であることが、良い科学者でもあると思うんですね。良い芸術家でもあって。その感覚を今言葉にしていただいて嬉しかったです。

中津

ちょっと反論されたほうがいいんじゃないかと思いますが(笑)
じゃあ、あの、次は磯部先生のほうに総合生存学科の先生のほうにバトンを渡したいと思います。

磯部

はい、この東一条館にあります、総合生存学館、別名思修館というところで教員をしております、磯部と申します。併任で京大の宇宙総合学研究ユニットというところで研究もしていまして。皆さんこれ読めますかね、心の目で読んでいただくと、宇宙と読めるかなと思います。
(宇宙のそれぞれうかんむりの下がレモンになっている書道の写真)
これはある書道家の方がスーパーでどれが宇宙に見えるか散々オーディションをされて、選びに選び抜かれたレモン二つが置いてあります。この方とコラボした作品をあとでお見せします。
私自身は宇宙物理学者でして。宇宙のことを物理学的に探求するというのが私の研究テーマです。後から言いますが最近は物理じゃなくて、生物とか人間になってきています。
これは太陽なんですけど、みなさんの目で見える光、絶対目で見ちゃいけないんですけど(笑)これはエックス線で見た太陽です。エックス線で皆さんを写真に撮ると、みなさんの中、骨が見えますけれども、レントゲン写真で。エックス線で太陽を撮ると、太陽の外側が見えてですね、黒点の上空のコロナというところでどっかんどっかん爆発が起きてですね。この爆発がおきると、地球でオーロラが見えたりとか、通信衛星がとまったりとか。そういうことがいろいろ起きます。
こんな研究をしているんですけど。もともと私を宇宙に駆り立てたのは、この絵でした。左側の絵は、「カラスのパン屋さん」とかを描かれた加古里子さんの絵本に「宇宙―そのひろがりをしろう―」というのがあるんですけど。そこにある、赤色巨星という絵です。ここの辺に皆さん見えないと思いますけど左上に点があって、これのちっちゃな点が太陽です。この太陽は地球の100倍あるんですけれども、その太陽の何百倍もあるすごい星が赤色巨星といってもう画面からはみ出ています。幼いころこの絵本を読んでいて、世の中にこんなにでかいものがあるのかと。「こわっ」て思ったんですね。その感動は恐怖とわくわく感が入り交じったようなそんな感動でした。半分くらいが怖くて、半分くらいはわくわくしていたんですね。実は今になって思えば、この赤色巨星の絵はですね、自然を観察して見える姿ではありません。だって、どんなに星を見ても点にしか見えません。どんな望遠鏡で見ても星は遠いから点です。この星がこんなに巨大であるということは、サイエンスがその様々な手法によって、こんなでかいはずだということを明らかにした。ということになっております。
話飛びまして、私今、京大以外に京都精華大学という美術大でも授業をしているんですけれども。そこの京都精華大でデザインを専攻している学生がですね、「私めっちゃ宇宙好きなんですぅー」っていう子がいたんですね。「どういうところが好きなん?」と聞いたら、「もう、超わけわからない感じ!」とおっしゃるわけですね。もうちょっと言語化してみようと思って「じゃあ君が、宇宙に感じる感動に似たものを感じるのはどういう時ですか」と聞いたら、彼女はちょっとしばらく考えて「すっごい変わったフェチの人を見た時」と言いました。僕にはそれがわかりました。それは僕にとっての赤色巨星と一緒だったんです。つまりそれは自分の日常とか、自分の理解の範囲を越えている、自分が理解できない何者かが、でもそこに厳然として存在しているっていう。自分の理解を越えた存在がいるっていうことに対する、ある種の感動だと僕は理解しました。すごくよく分かりました。
僕自身が宇宙を研究しようと思っているのは、この宇宙がどんなにへんてこなところか。どんなに自分の知らない世界がそこに広がっているというそれに対する、ある種のあこがれと、ある種の恐怖を追求するのが、僕自身の研究です。
ある種の気味悪さみたいなのをすごくよく表現してるのが、生物学者のホールデンという人が大昔に言ったこんな言葉です。英語で言うと”My own suspicion is that the Universe is not only queerer than we suppose, but queerer than we can suppose.” つまり「我々が想像するよりもではなくて、われわれが想像できるよりも、この宇宙は奇妙なところである。」この人は実はホールデンさんは生物学者者です。実際ですね、今天文学の最前線は、地球と同じタイプの惑星をどんどん見つけていて、次の10年、20年のフロンティアはとうとう地球外生命の探索に入っています。つまり、我々はとうとう宇宙人や宇宙生命に会えるかもしれないっていうのが天文学のフロンティアというわけですね。
そういう訳で、私がやっている宇宙物理学という分野は今ですね、宇宙生物学という分野になろうとしています。もし生物がそこにいたならば、宇宙人がいるかもしれない。あるいは一方で我々自身、人間自身が、今技術的には、まあ宇宙に行って住むことはできないこともなくなりました。そうすると、我々自身が今度は宇宙人になるかもしれない。我々が地球という環境から離れて、非常に異なる環境で我々自身が進化したとしたら、それはたぶんホールディンが言う「queerer than we suppose」じゃなくて「queerer than we can suppose」つまり「我々が今想像し得るよりも、もっと奇妙な我々自身の姿がくるだろう」と。それはある種怖いことです。僕はこの世界がどんなに不思議なところかという、この感動に突き動かされて研究している者として、人間がそうなっている姿を見たいとすごく思います。でも同時に、そうやって宇宙で変わってしまった人間は多分恐ろしい存在にきっとなるだろう。そういう恐怖もあります。そういうことをどう考えたらいいのかっていうことを考える時に、一つには人文系の研究者と一緒に、いろんな研究をしていて宇宙生物学ってもう言われちゃったんで、じゃあ宇宙人類学はまだ誰もいないだろうと思って京大の人たちと始めたんですけれども。宇宙人類学という本を出したりですね。倫理や宗教の研究者と一緒に人文系の知見を入れながら、人間と宇宙に関する研究を何年か前から始めているところです。
そういうのをですね、若干面白おかしく紹介するために、5年前から京大で新作落語を作ってまして。宇宙を落語にして表現したり、お寺で坊さんと宇宙語ったり、そういうこといろいろやったりして。私自身はアート活動をしていないんですけど、ある種アートとか伝統芸能の人たちと一緒にコラボしてですね、天文台ギャラリーにしたり、宇宙の香り作ってみたり、お茶碗作ってみたり、いろんなことを。半分くらいは遊びです。半分くらいは、遊び以上のものが出てこないかなと思ってやっているところです。
その例をお見せします。この写真は合成写真ですが、37億5000万年後に、幸いなことにみなさんが生き延びたとして、夜空を見上げたらこんな写真の光景が見えます。今見えているのはこっち側だけです。天の河です。この左側が何かというと、アンドロメダ銀河です。アンドロメダ銀河は、銀河系のお隣のの銀河で200万光年くらい離れていますが、お互い重力で引き合っているので、どんどん近づいていきます。38億年後くらいに衝突します。そのちょい手前。37億5000万年後、これが見えるはずです。これを計算したら分かるので、間違いなく見えます。37億5000万年生きていただければ。これを書道家の人と一緒にコラボしまして。これは書家の人が書いた「河」っていう字です。天の河の「河」という字を衝突する時に見立てて書いたものです。こういう書という形で宇宙を書いてみようっていうワークショップをしたりしていました。
結局、僕がアートと組んで何がしたいと思っているかと言うと、ひとつは、半分弱くらいはこういう文脈です。ある種の科学コミュニケーションの文脈であって、僕らがやってる宇宙や科学のことを広く伝えたいし、そのための関心の入り口として、あるいはアートという手法を使って伝えたい。あるいは僕らが持っている素材をアーティストに使って欲しいと。そういう文脈としても、いろいろ面白いコラボができると思うんですが。
でも一番やりたいことはこういうことなんです。この写真はちょっと破廉恥な写真でして、大腸菌が性の営みをやっているところです。何故この画像を出したかと言うと、さっき言った、どんなに生き物が奇妙に宇宙になり得るかということに興味があって。進化生物学者の東大の岩崎さんという方がですね、宇宙人だったら、性が三種類あることもあるだろうかって聞いてみたんです。我々、男と女で性が2種類だと思っているけど、もしかしたら3種類あったら、どんなにその星の社会構成はややこしいことになっておるだろうかみたいなことをですね、聞いてみたくて。生物学者にそれってあり得るんですかと聞いたら、生物学者の答えは、そんな生物は地球上にいくらでもいます、と。例えばパンを作るイースト菌の性は3種類あるんです。AとBとCがあって、AはBともCともいけます、みたいなそういう構造になっています。大腸菌は10種類くらいあります。これは大腸菌のある種類の性と、ある別の種類の性が、事に及ぶ前に彼らはフェロモンを出しているそうなのでムラムラしているんですけども。ムラムラした結果、すーっと寄ってきてセックスピルスという管を使って、ある種のゲノムの交換を行っています。お腹の中でこんな変なこともやっているんだ、と思いました。
ホールデンが言ったように、宇宙そのものの姿もだし、宇宙で我々がいつか出会う生物もきっととても奇妙でしょう。あるいは、私たち自身が宇宙に行った時に、宇宙で私たちが生きていくために、私たちは自分たちのために生命工学を使うかもしれないし、ロボット工学を使うかもしれないし。そうやって我々も今大学などで開発しているテクノロジーやサイエンス自体が、どんどん我々自身のものすごく奇妙で恐ろしい姿をあばきだして。しかも我々の持っているテクノロジー自身が我々自身を変えて、今と違う気持ち悪い恐ろしい、でも多様で複雑で面白いものに変えていく。というのが望ましいかどうかは別として、未来だと思うんですね。それをどういうふうに捉えたらいいのか。もちろんサイエンスとしては、どんなふうになるというのをできるだけサイエンスの言葉で言うことは大事ですし、あるいは人文学みたいなところでは、人間にとって何を意味するのかということを、人文学の言葉で紡ぐのが学問の意味だと思います。それでも、サイエンスによっても、人文学の知によっても何とも表しようのない恐ろしさとか、奇妙さとか、感動とか、そういうものがどうしても出てきてしまう。それに対して、何かアートと一緒にすることで大学から生まれてきたらいいなと思って、今日はこの話をさせていただきまいした。以上です。

中津

ありがとうございました。私も理系の人間なので、まあ、その科学というものに対して感動を覚えることは多いわけですね。今の話もそうですけど。ただ、それとアートに対する感動は一緒なのかどうかというのが私の持っている疑問なんですけど、それをちょっと蔡さんに聞いてみたいと思います。

宇宙の話というと自分はちょっと発言力がありますね。森よりは宇宙のことを多く考えています。私が小さい時、中国の文化大革命の時はアメリカからのニュースは全部悪いニュースばかりでした。芸能、漫画、ストライキとか、食べられないで死ぬとかいろんなニュースがありましたけど、でもアメリカの宇宙飛行士が月に行ったことは、中国でもいいニュースだったんですよ。その時私は、痩せて、小さかったから、10歳〜13歳くらいの時。自分みたいな元気じゃない人は、宇宙に行けないなあと寂しかったんですよ。でも、それでも宇宙となんとか対話して、宇宙に行けるように頑張らないといけないと思って、アートを見つけたんです。
アートは私の時間と空間のトンネルで宇宙とつながることができるようになりました。作品を通じてね。取手にいた時も、取手のトンネル、荒川のトンネルから、ずっと太陽の夕日、太陽の黒点とかああいう炎を見たんですよ。それを考えると、自分は日本にいても寂しくなくなるんですよ。だって、巨大な宇宙の中で日本にいるとか、アメリカにいる、そんな大した問題ではないですよ。だから、その時私は「外星人のためのプロジェクト」というのをやったんですよ。それはなぜならば、日本の美術とか、西洋人とかアメリカの現代美術とか、テーブルの上に西洋料理か、アジア料理かをいつも選ぶだけで。できたら、そのテーブルの布を外せば新しい可能性があるかなと思ったんですよ。だから、「外星人のためのプロジェクト」はどうかと。もっと大きな宇宙のスケールから、人類の地球のことを見たら、もっといろんな可能性があるんじゃないかなと思ったんです。その時考えたアイデアを今、スカイライトをしたり。宇宙との対話がある。それがひとつ。
もう一つ最後に、自分実はいつも旅行の時に宇宙という文字がタイトルに入った本持っていくことが多いです。昔は貧しかったので空港についてまずビザができなくてダメとか言われるかもしれないし、英語も喋れない。そういう場所に行って、仕事をする怖さもあるんですよ。でも、宇宙の本を持っていると何の怖さもないです。無限の力がある、ということですよ。だから、宇宙の本を何冊も同じ人が書いたものをずっとチェンジして持っているんです。

中津

ありがとうございます。
それでは今日唯一のあの学生の高木さんがですね、この後みなさんに見ていただきますが、トイレでアートショーをやっているんですが、そのキュレーションをやっていただいたので、アートショーの持つ意味などをですね、そういうことを説明していただけるのかなと思います。

高木

みなさん、こんばんは。高木と申します。
今回、第三回おもろトーク アートゼロの領域ということで。これどういうことなのかなと考えた時に、ゼロの状態の自分がアートと摂すつ状態っていうのがイメージとして浮かび上がってきました。なので、みなさん、苦笑かもしれませんが、しばしお付き合い下さい。
まず、簡単に自己紹介させていただきます。高木遊と申します。総合人間学部、創造行為論というところで、芸術系の勉強をしています。そこでは美術史であったり、芸術哲学であったり、その他、芸術にまつわる何かを勉強しているんですが、その中僕はですね、美術館というものにすごく興味があって、アートがある場所というところにもっぱら重きを置いて勉強をしております。平たく言いますと、美術館大好きな人ということです。
もともと僕は美術が好きだったわけでもなく、美術館が好きだった訳でもなく、嫌いだった時期もありました。無理矢理親に連れられたんですね。それがある日、この絵との出会いで変わりました。これは、フランスのオルセー美術館にある絵なんですけど、僕はこれを見て「ああ、すっげーな」と思って15分間くらいここから離れられなかったのを覚えています。魅了されて取り憑かれていました。アートの力に。そこからいろいろあって、大学に入って、1回生2回生遊んで燻っていたりして。でも、きっかけをくれたフランスに行こうって思ったわけですね。とりあえず、フランスに行こうって思ったわけです。何か変わるんちゃうかな、俺変われるんちゃうかな。ってきっかけをくれた場所に行ってみました。
まず2回生の後期に1ヶ月ほど行ったんですけど、その時に感じたのが「人の生活とアートがすごく近いなぁ」って感じました。「ええなぁ」って思ったわけです。それで日本に返ってくるわけですけども。日本に帰ってきてまた1年くすぶっていたわけですね。で、3回生の後期、とりあえず俺フランスに行こうって思ったんです。とりあえずフランス行ったら変われるんちゃうかな俺って。ということで次は一年間、美術史をがっつり勉強していました。そこで感じたことがまたあったんですね。「なんか、人の生活とアートが近いなぁ」って。「ええなぁ」と思ったわけです。やっぱりここに尽きたんですよね。やっぱり僕は自分の好きなものと生活が近かったり、そういう染み渡っているというものがすごくええなぁと思って。これを日本で何かしたいなと思って、帰ってきて、アートコロニー(Artocolony)という団体を立ち上げました。アートコロニーって何やねんと思うんですけど、平たく言うと、アートイベントの企画とかをしていく団体でございます。まず名前なんですが、アート、トコロ、コロニー、アートがあるところに、コロニーって、何かが住むっていう意味なんですけど、住んだり、集まったりするという意味もあるんですけど、アートのあるところに人が集まって、愛のあるコロニーを作りたいなという意味で名前をつけました。
今のメンバーですが、2人でやっております。これはホームページの画像なのですが、左が僕で、右が親友の神林くんです。この2人で、今アートコロニー、アートがアートであるために、動かしているところでございます。
でですね、やっぱり日本で人とアートの距離を近くしたいということで。日本で一番、美術で受け取る場所、アートを受け取る場所ってどこなんやろうと考えた時に、美術館がぱっと出てくるんですね。で、「美術館行こうや!」って友達に誘ったりすると、「値段高くない」とか「なんか行ったら気取ってるとか思われそう。オシャレぶってんの?お前。」とか、「写真とかも撮られへんし、あんまりおもんないやん」っていう意見も聞くんですよね。
これって何なんやろって言ったら、美術館ってすごいアート作品を広めている役割を持っているんやけども、美術館はある意味人とアートの間に壁を作っている一面もあるんではないかなと思って。でも僕らは美術館好きやし、もっと人とアートを近づけたら、こんな美術館にも人がいっぱい来て、もっと良くなるんじゃないかっていう夢を抱いております。
そしてアートコロニーですが、アートのある場所(トコロ)に着目して、人やアートの接点を増やし、アートが身近なものだと再発見できる実験を行っていきます。実験というのは、僕たちが手探りでやっていくのを実験とあえて呼ばさせていただきます。それで、今回第一回でございます。皆様のイスに置いてあったと思いますが、アートがアートであるためにというイベントでございます。こちらの思修館でやっているバージョンとNFでやっているものと2種類あります。NFというのは京大の学園祭です。これは2日前に終わったのですが、それの4日間そのイベントをやらせていただきました。何をやったのかというとトイレを無断でジャックいたしました。だいたい16箇所くらいのトイレをジャックさせていただきました。総長すみません本当に、ご迷惑をおかけしました。で、謝っておいたら僕の荷も降りたということで(笑) 
それで、そこでトイレをジャックさせていただきました。そこにいろいろなアーティストを呼びました。16人のアーティストです。様々な大学生のアーティスト、アーティストと言って良いのか分かりませんが、表現者を呼びました。まず、実験概要です。トイレをアートの展示にというものです。なぜ、トイレなのか。2つの理由がございます。アートがアートであるために、アートがあるトコロとは?と問いかける実験。ゆっくり説明しますね。僕もいまいち噛み砕かないとわからないので。アートと人を近づける実験。この2つでございます。
まず1つ目でございますが、アートがアートであるために、まず僕は美術館、美術というもの、アートというものに何かスピリチュアルなものを感じていて、美しいなと思わせる事のできる力を持っていると思います。先ほども言ったように、僕はその絵からその力を得てこういうふうに今取り憑かれてるんですという話をしたんですけど。その力がある美術品とかアートだというものがあったりして、美術館の中にあるものはすべてアートであるよって、お約束事みたいなものがあると思うんですね。美術館っていうものが、ある種そのレッテルを貼る、これはアートだよ、アートなんだよと教えてくれる力が、美術がもともと持つ力を越えてしまって、ある意味美術館というものがアートを決めてしまっているのではないかなって思いました。これは疑問に思いました。
それってどうなんやろう。実際にちょっと確かめてみたいなと思って、美術館の外に出たらいいんじゃないかな、美術館の外でアートはアートとして観衆に受け取られるんだろうか、ということです。美術館という枠組みを無くした時に、そのアートになり得るものはアートと受け取られるのだろうか。たとえばキャプションのようなそんなものがなかったとしてもいけるのであろうか。アートになるんだろうか。それを逆にそれを検証できたら、その僕が大好きな美術館のために、アートがある場所とは何なのかをもう一度問い直すことができるんじゃないかなというのが、ひとつのコンセプトでございます。
もう一つ、なぜトイレなのか。これはすごく単純明快です。誰でも使いますよね、トイレ。今日も多分普通に入ってもらったと思いますが、立ち入ることに対して敷居がすごく低い。多くの人でも必ず使用するものである。という意味で、色んな人を呼び込めるんではないかと。人とアートの場所を近づけたいので、こういう場所を選んでみました。これがなぜトイレなのかの理由でございます。
実際に企画・準備・無断搬入・無断設営がスタートしました。なぜ無断だったかというと、告知をしてやってしまうとアートイベントという枠組みに組み込まれてしまって、それも「あ、アートイベントやるから、そこにあるのはアートなんじゃないか」とみんなが思うと考えたからです。というわけで無断ジャックをさせていただきました。
僕は初めてこういう企画をしたので、わからないことがあったので、色々芸大の友達やったりとかに色々聞きながらやりました。こういう風にトイレの寸法を図っているんですけど、ゴリラの写真を実際に持っていったり、プロジェクトションマッピングの作家さんは作品をトイレに投影してみたり、女子がトイレを眺めている図ですね。小便ってこんな感じに流れるんや、自動のやつ知らんかったって驚いている図です。若いって良いですよね。設営が19日に始まりました。無断ですので、夜の10時くらい、学祭のみんなが寝静まった頃に。みんなでこそこそ20人くらいで入っていきまして、設営を始めていきました。
(キャプションが貼られたトイレの洗面台のボウルの写真)
これキャプションなんですけど、さっきも言いましたが美術館でキャプションってものが、横にあるだけで、これがアート作品だと思ってしまうかもしれない。トイレに入ったら予期せぬアート作品があって、これはアートなんやと驚く、もしくはアートかもしれへんし、そうでないかもしれないし、そういうふうに色んな受け取り方を想定して、キャプションっていうものも手を洗うということに結びつけて、その時だけしか目に入らないように耐水性のシールを使いました。みなさん、今日見てもらったので分かると思うんですけど、ここの会場の床にもいろいろシール貼らせていただきました。あれが同じ素材です。水にも耐えられます。素晴らしい。
次はこういう風に設営をしていきました。これはすっごい量の粘土を4階まで持って上がって、こういう彫刻を作ってくれました。これはトイレの中にあるトイレ。これは文書作品の出展ですね。これも絵画の作品。すごく大好きです。鉛筆画。これが映像作品でございます。これは案内所。アニメーションとか春画を貼ったりとか。これはさっきの大塚くんのゴリラの作品です。無断で入っていたらですね、問題が起こりました。NF事務局より怒られました。全て撤去してください。と言われました。ただちに運営上邪魔なので、撤去してください。僕たちなんとか、僕たちのコンセプトを伝え、作家さんが自分のコンセプトというものを、どういう思いで作ったのかを伝え、なんとか最後まで続けられる作品と、ちょっと一部改訂する作品が出てきました。たとえばこれ(ジャクソン・ポロックのようにトイレの部屋一面に絵の具を飛び散らせたような写真)を作った作家さんも今日きてくださっているんですが、この写真は再現インスタレーションでございます。それがこのように綺麗になったというか撤去されてしまった。こうやって赤いフィルター照明に被せてトイレを赤くしていたのですが、これもすべて剥がされてしまいました。このように落ち葉を一面敷き詰めたのも撤去です。
もう一つ問題がありました。作品が破壊されてしまった。それがすごい心に残っているものであります。こちらの作品もこの手の彫刻が盗難にあったりとか、破壊にあってしまいました。これが僕にすごい影響を及ぼしたのを今からお伝えしたいと思います。
戻ってくるわけですが、課題がすごく見えてきたわけですね。僕は作家の意志を尊重できたのか。たとえば撤去の時に企画を回すってことしか考えず、全然対話ができなかったのではないのか。作品の保護ってできたのか。やっぱこういうところでやると、残していくべきものを守っていくのは難しいし、僕が美術を得られるのも美術館のおかげなので、そういうところをすごく考えました。利用者の意志を尊重できたのか。これは参加してくれた人に言われたんですけども、ある種、暴力的にアートに近づけるということで、「嫌な人もおったんちゃうんか。そこそこらへんちゃんと考えたほうがええで」ということも言われて、そういうことも課題として見えてきました。
実験結果です。先ほどコンセプトを2つ出したんですけど、アートとして観衆に受け入れられた一面とそうでなかった一面がありました。それはやっぱり僕の経験として、僕も普通におしっこをしに行ったんですけど、横でおっちゃんが、「これめっちゃええ絵やな」と言ってくれたんですね。それを聞いて、すっごい鳥肌が立ちました。「こういうことなんちゃうんかな、俺が求めてたことって」みたいなことを思いました。そうでなかった一面というのは学園祭事務局への対応であったりだったと思います。もう1つは多くの人にアートと接点を持ってもらえたんじゃないかと思います。
今日もトイレで展示をしてます。今回は告知もしてしまったんですが、もう一つのコンセプト、人とアートをつなげれたら、ということを大事にしていて、楽しんでもらえたらいいかなって思います。みなさん男女関係なく入ってくれて楽しんでもらえていたので、そういうのが、すっごい素敵だなって思います。後で、作家さんの作品紹介タイムがあるので、みなさんお楽しみにしていてください。
今後の実験なんですけど、民家でやっていきたいかなって思います。個人単位に注目して、民家というとこにアート作品を持って行きたいなと思っています。Artocolonyのホームページなんですが、こちらでございます。うちのメンバーの上林悠也が作ったのですが、このように前回のNFでのアート作品も全て、あげておりますので問題になったこととか、搬入写真とかもっと一杯ありますので、ぜひぜひチェックしてみてください。今後の実験も乗っております。
ということで最後なんですが、美術館や作品達そしてアーティスト達と愛のある関係を持っていきたいと思っております。それがキュレーターなのか、ギャラリストなのか、研究者なのか、コレクターなのか、会社になるのかわからないんですが、進んでいきます。
それともうひとつ大地の芸術祭というのがあったんですけども、そこに蔡國強さんの作品がございまして、ドラゴン現代美術館というのがあります。そこの石碑にですね。”Everything is museum no.1″と書いてあるんですね。僕はこういう風に解釈したんですけど。全てのことが美術館であるって。全ての場所で美術とかと近づいて、人が近づけたらいいなという意味にそういう風になればいいなと思っています。この写真で締めたいと思います。
(高木さんとその石碑の写真)

中津

それでは後半を始めさせていただきます。まずですね、皆さんにご覧いただけたかと思いますが、今日はトイレをアート会場にしておりますが、そこでアート作品の展示をしております、4人の方々に1人1分ということで自己紹介をお願いしたいと思います。

大塚

こんばんは。ゴリラ写真家を目指して、ゴリラの写真をずっと撮っています。京都大学農学部大塚亮真と申します。1分間ということで、僕はとにかくゴリラが大好きです。以上です

大倉佑亮

作品について少ししゃべりたいんですけど、トイレで「あなた」って叫びながらオナニーをしている作品なんですけど、あれは何を言いたかったか、言いたかったというか、テロがあったじゃないですか、フランスで。
それに反応するような形で作ったので10日くらいで仕上げた作品なんですけど、国境とか文化とかそういう違いを超えた「あなた」を、「あなた」っていう抽象的な「あなた」を、僕はその不在の誰かを思うときにするようなオナニーっていう、実際にその不在の誰かを、つまり国籍とか文化とかを違う誰かを自分の心の中に作れるのかと問うてみるような作品をやってみました。あれ120分一人で立って、一人でずっとオナニーしてるんですけど、120分経って、結局いけなかったっていう作品です。

渡辺育

こんばんは。京都大学の建築を専攻していて、一階の多目的用トイレの方で12・3分ある映像作品を展示しています。僕は、自分の家についての作品を作ろうとまず思いました。なぜそうなったかっていうと僕自身が、郊外のマンションとかで生まれ育ったということもあって、自分の家っていうものに対する執着というか家がないと感じる時が多くて、それでたまたま中国を10日間旅する機会があったので、その中国っていうもの中にそういう根源にひっかかるものがあるのか、自分の家としてひっかかるものがあるのかという、すごく個人的な私的な映像を断片として集めて一つの作品にしています。以上です。よければ見てください。よろしくお願いします。

パン宇年

京都大学大学院思修館一回生のパン宇年と申します。今年、中国から来ました。僕の展示は2階の男子トイレにあって、あれはハイスピードカメラで撮った写真の色を変えて、一定のパターンで飾りました。あれは絵の具をスピーカーの上にのせて、そしてスピーカーが音声を再生する時の振動で、絵の具が弾き飛ばすことができて、それを1秒で2000コマのハイスピードカメラで撮るんです。そして、その結果、いろいろな形に絵の具が飛びます。それを青・ピンクと白黒のテーマの作品にして、青はトイレ利用者が入る時に、理想的な感情、トイレに欲しがる理想的な感情。ピンク色はトイレを利用する時の、とても楽しい感覚。そして白黒はトイレの後のスッキリした少し空洞な感情。はい、以上です。

中津

はい、ありがとうございました。京都大学にも一応アートを志している人が何人かいるということでした。心強いことです。この後、それぞれのアート展示のところに立っておいていただけるのでですね。まだ終わってから1時間以上、展示できるので、ぜひ、おかえりの際にトイレに行っていただいてですね、もし疑問等あれば、その方々が、その学生さんたちが立っておられますので、厳しい質問をしていただきたいと思います。それではどうもありがとうございました。
どうも時間が遅れまして申し訳ありませんが、少しあとを引き延ばしてでもですね、やっぱり議論を続けたいと思います。
せっかく蔡國強さんに来ていただきましたので、京都大学側の先生方や学生さんの試みとどういう風に絡み合うかという議論をまだ少しできてないと思いますので。
まず蔡國強さんの方から、さきほどの学生さんの高木さんに対して、何かコメントをいただけるとありがたいです。

私、自分自身もそういう美術大学を出たわけじゃないんですけど。私は演劇大学の舞台デザインですから。私の面白さで言えば、京都大学は別に美術大学ではないから、もっとめちゃくちゃおもしろいことができるんじゃないかと思いました。民家よりはトイレの展覧会を続けてください。毎年一回でも京都大学トイレビエンナーレをやってみては面白いと思いますよ。それはすごく面白いですよ。だいたい京都大学で勉強したら、少なくとも一回はトイレで作品作らないといけないよ、でないと卒業できない。そういう風にしたら面白いんじゃないかと思いますよ。
トイレは文化の面白いポイントですからね。そこから出発すれば、トイレでもいい作品を作れたら、いろんな可能性が広がるんじゃないかと思いますよ。ぜひ京大トイレビエンナーレしてください。

中津

それは非常にいいアイデアありがとうございました。
今、前半の話をお聞きしていて、まだ十分議論できてないかなと思うのは、京都大学はやはり理系の大学というか、研究の大学ですね。そことアートを、どうアートを結びつけるかということに関しては、お二方の先生方と、蔡國強さんの話を聞いて、まだ距離がありますよね。このへんはどういう風に考えればよいのか、じゃあこちらから話を聞いてみようと思います。

伊勢

まさにあの、芸術と科学の狭間、接点がどこにあるのかということを常々考えているんですね。僕は学生の頃から、自然科学をやってて、特にアートは興味なかったんですけども。今から7年ほど前に俵屋宗達の風神雷神図を見て、アートってすごいなということが分かったんですね。その時の感情というのは、どう頑張っても数字で表せない。渇いた客観的な数字で言えないものが自分の中にあるんだと、おもしろいなと思ったんですよね。自分はサイエンティストなので、客観的にあろうとしているんですけども、そんな僕も人間という動物なので、感情が動いている。なのでその感情の部分をなんとかすくい取ってくれることをアートの役割としてお願いしたいなというのがひとつ。
あと、私はやっぱり進化心理学者なので、そんなアートというものを生み出してしまった、魔物を心にもっている人間とは何か。それを解明したいのがひとつ。それが僕の個人的な話なんですけど、アートと科学の接点みたいな話になります。

中津

蔡國強さん、いかがでしょうか。

私も土佐さんと一緒にMIT、Media Labとかね。みなさんあまり意識してないけど、実はMITはアート、アーティストを育ててきたんですよ。でもアーティストにあんまりならないんですよ。なぜならば、みんな一生懸命ハイテクを使って、ハイテクからアートにすることを頑張ってきたんですよ。私もそこに教える先生としてちょっと行きましたよ。やっぱり、どこかサイエンスを使いながら楽しくしないといけないです。
要するにサイエンスそのものを、爆破しないとダメです。サイエンスの面白さを見せたいと、アートはしなくていいんです。むしろサイエンスの面白さを利用してアートを化かしたり、逆にアートといいながら実はサイエンスを化かしたりと。そういうところの皮肉と面白さを作らないと実はアートにはならないですよ。あそこMITの学生たちはたくさん育ったんだけど、やはりちょっと真面目すぎてつまらなくなっちゃうんですよ。別に京大の話ではないんですけど。私から見ると、それのどこかギャップがずっとあったんですね。

磯部

確かに研究とアートの間の距離ということを中津先生がおっしゃいましたので、私がそれを問われた時に思い出したのは、私自身は研究とアートという前にもともと自然科学・物理学の人間であって、今は人文系の人たちと共同研究をしているわけですね。そういう意味では理系と文系っていう、ある種の、分けない方がいいという人もいますが、制度的には分かれているものとを、一緒にやるようになった訳ですけど。
それはどういうことだったかというと、話の中でもいいましたけど、自然科学を突き詰めていろいろ研究していくと、それがどうしても人間自身の問いに、例えば、宇宙なら宇宙の中で生きてる人間、自分たち人間の存在はなんだろうとか、これから我々人間はどうなるんだろうとか、そういう問いに向かわざるを得ない。それで、問いが人間に向かわざるを得なくなった時に、人間とか、人間が作る社会、それに対する知的好奇心でドライブされてる学問としての人文学に向かうようになったんですね。
で、さらに僕が話の中で言いたかったことは、その人文学の知をもってしても、いずれは言葉にできるかもしれないけれど、言語化できない、説明できないような色んな感情であるとか、感覚であるとか、恐れであるとか、そういうものをそれでもなんらかやっぱり表現して、表現する土台に乗せることによって、もう一回サイエンスなり人文学がそれに対してアプローチできるような。そういうことをできる可能性をアートに感じることがあって、それができてるとは言いませんけど、感じることがあるんですね。
例えばそれは、蔡さんの話にあった、透明のあの鳥がぶつかったやつ。あれもある種の、今まで私たちが見てなかったある種の壁みたいなものを、それがどういうものであるかということを分析するのは人文学の仕事だと思うんですね。でもそれをまさにそこに厳然に表しにきたというのはアートの力。で、同じようなものをさっきの大倉くん、でしたっけ、あのピンクの部屋でマスターベーションしてるすごい作品だなあと思ったら、それもやっぱりその、他者っていうものに我々思いを馳せられるのかということへの問いかけだったわけですよね。それが本当にできるのかどうかっていうことは、やっぱり人文学だったり社会学だったりができると思うんですけども、でも人文学・社会学がそれにトライする前に、あなたの作品がそれをまさに突きつけてきたというふうに捉えていて、そこにいわゆる研究とアートの共同というか、そういうものの可能性があるのではないかなと今日は感じました。

中津

それではですね、まだこれから議論を続けるんですが、質問の中からいくつか代表的なものを抜き出しまして、それにお答えいただきながら、議論していきたいと思います。
まず、高木さんの方ですね、高木さんに対して、フランスに行った時に感じた生活とアートの近さは具体的にどういった光景を見て、またどういった人と出会って感じたものなのですか、というふうな質問があるんですが。フランスに行って、生活とアートが近いという風におっしゃったじゃないですか。具体的にどういうところでそれを感じられたのか。日本ではそれは感じられないのか。何が日本には欠けているのかということですね。

高木

かなり具体的に落とし込むとやっぱり建築とかの話になってきそうな気がして、僕がいいなと思っているのは、美術館をめぐるのが趣味なんですけど。
たとえばフランスのオルセー美術館の話だと、駅が改築されていたりするんですね。昔使った石造建築。あと、修道院とかが改築されてあったり、もともと町になじんでいたものがアートスペースとして使われている。日本でもあるんですけど、日本は木造建築じゃないですか。日本古来というと、お寺とかにあるにしろ、そこまで美術館になってるっていうのは、あると言えばあるとは思うんですけど、フランスの場合は、感覚的に行きやすかったと感じました。そういう風な具体的な例でどうでしょうか。近いと感じました。

中津

ちょっとこれは、蔡さんにもお聞きしたいんですけど、今京都は観光客来られてますよね。これは京都の伝統と、言ってしまえば京都のアートを皆見に来てるわけで、京大を見に来ているわけではないと思うんですけど(笑)
それと先ほどのね、フランスで感じられた、日本で感じられないという話とちょっと矛盾しないかなぁと思うんですが。蔡さん、京都では、このアートと生活は近いと感じられますかね。いかがでしょうか。

京都とアートは本当に近いと感じますよね。やはり、自分はアジア人であるけど、西洋人の立場から見ても、すごくいろんな静かな道でも、小さい庭でも、ドアの下の植物でも、自分はいつも京都に来たらバチバチ写真を毎回、いっぱい撮りますよ。なかなか面白いなあと思いますよ。誰でも美学的な繊細とか自分のユニークな作り方をやっていまして。
むしろ私は、京都こそ、現代美術をどんどんやっていいと思いますよ。古い街、もう既に過去こんな厚みがある。美しさとか文化があるから。過去を一生懸命守るのも一つ。もう一方は東京以上に訳の分からないことをやってもいいですよ。未来に向かってね。それは京都らしさとか、対比の面白さとかすごくあると思いますね。それとあと一つは京都の人間は東京の人間よりユーモアがあるじゃないですか。そのユーモアはアートにとって大切ですよ。
さっきあの高木さんが言った、関西、京都の人間とかね。さっき言ったパリの面白さとか、生活とアートの近かったのとか、私も一つ印象に残ったのは、ホームレスでも新聞あるんですよ。新聞。新聞作って、ニュースペーパーがありまして、自分も地下鉄の入り口で2ドルとか2ユーロとかで新聞をホームレスの人から買ったですよ。買った後に「実は私フランス語全く分からないんですよ」とホームレスの人に言ったら、新聞を売ってるホームレスの人は「私実は毎週1回は中華料理行ったよ」とすぐ返事してくれましたね。そこまでのユーモアがある、やっぱりフランス人はアートと生活は近かったなと思います。

中津

これは私個人だけが興味があるのかと思いますが、科学技術とアートはどこで繋がるのとか何が違うという疑問がまだ解けてないんですが、質問の中に、ジャクソン・ポロックとシュミレーションのついてのものがありました。同じじゃないかというふうにおっしゃったのかどうかは分からないんですが、やっぱりシュミレーションは最初から全て決まっているから、あれはアートではないんじゃないですか、という質問です。

伊勢

なるほど、僕はシミュレーションをやっているんですけど、シミュレーションというのは、コンピュータの中で乱数を発生させて与えられた条件の中で何がひとりでに生まれるか、というのを調べるものなんですね。なのでひとりでに生まれるということろが大事なんで、もし自分が全て決めてるんだったらコンピューターなんか要らずに紙と鉛筆で絵を描いちゃえばいいだけなんです。なので、そういう意味で何が出てくるかわからないけれども調べる、という意味でたとえば蔡さんの火薬のアートと僕のシュミレーションも、乱数に左右されてるというところは似ているところもあったりする思います。

磯部

私もシミュレーションをしているんですけども、私のシミュレーションはちょっと違って。第一原理の、物理学の法則があって、それをひたすら解くという問題なんですね。それはある意味、もう決まってるんです。おっしゃる通り決まった問題を解いてて、基礎値が決まっているはずなのに、そこにはカオスとか複雑系といった概念が出てくるんですけども、それによって結局予想できない答えしか出てこないんですね。それには哲学的な意味があって、つまりこの世の中にちゃんと物理法則がちゃんと成り立ってるとするならば、宇宙ができた瞬間に全部決まってるはずじゃないかって思うけれども、でも世間はそうは捉えてないですよね。だからそういう意味では決まったものだとしてもこんなに、もしかしたら全部決まった法則にのっとってるのかもしれないけど、こんなにも世界がリッチであるということへの驚きがどこかにあると思います。

伊勢

僕がやるシュミレーションでも、自分でも思ってないような結果が出ることがあるんですね。自然界の法則ってあるはずなんですけど、それにはすごい許容範囲があって、不確実性がある。たとえば、自然界で自然淘汰でいなくなっちゃうような生き物。でも可愛らしいパンダが今も生き残っていたりしますよね。そういう意味で、自然界の面白さをコンピュータの中で人工的に出す、たぶん磯部さんとよく似た感じだと思います。

科学とアートと一つ違うのは、もちろん今お二人が言ったこと、自分の言いたいことの近くに来た感じね。要するに反論できなくなったけど。つまり、科学とアートはどちらでも発明とか発見が必要です。冒険の楽しさが必要。しかし、アートはやり方を見つけた。たとえば火薬使って絵を描くことを見つけた。それは発見したということですよ。その発見を、証明させる意味は何もないですよ。素晴らしいアートにしなければならないからね。そっち(科学者)は結局、火薬とか使って絵を描くことは発見したらもう終わり。科学の場合は大体それでもう評価しますよ。でもアーティストはその時点ではまだ何にもならないですよ。いいアートにしなければならない。
アートの場合は、その完成形が大切になるんですよ。さらにさっき言った動物的人間として見せなければならない。その場合は、例えば作品を作ることはセックスと同じ、その現場ですよ。その美術館の現場。そのキャンバスの現場で。火薬の例が一番わかり易いね。火薬でキャンバスに爆発するんだよね。その制作の時の現場、その時間の中の感情と体の動き、その全てはそれはセックスと同じですよ。その場で勝負するんです。それはとっても上手い人と全然できない人、そこで分かれるんですよ。科学の発見をして、美術になりますよ。でも、それが上手くない人はアートにはならないんですよ。そのやり方が、アートが上手い人を待つしかないんですよ。そういうこと。
例えばノーベル賞の、ノーベルさんもいち早く爆薬を使って、版画ができるんじゃないかと分かったんですよ。たとえば、葉っぱとか置いて、葉っぱの上に薄い鉄板を被せて、爆薬をバンとしたら、すぐに葉っぱの型が出てくるんですよ。でもそれ、実はアートになってないんですよ。それはアートになる可能性があるというだけなんです。そういうことを、ちょっと違うところを言ってるけど、でもこの二人の 先生の今日の話を聞くと、科学者もなかなか感性的なところがあるなと感じました。

中津

伊勢先生にお聞きしたいんですけど、何が美しいかというと、人間のためになるから、役に立つからだとおっしゃいましたね。そうすれば、先ほどの蔡さんの火薬を使うものが、美しいというのは、ちょっと僕は理解できないところがあるんですけど。

伊勢

いやあ、まさにそれは僕も今、わからない仮説なんですよね。美しいもの、たとえば、ラスコー洞窟の壁画とかを見ると、獲物になる動物をすごい写実的に描いてある。そういう風に観察力があって、表現力がある人間は生き残りやすい。そういうのは説明しやすいと思うんですね。
でも、現代アートってすごく難しくって、たとえばムンクの叫びとかあるじゃないですか。ムンクの叫びなんて全然美しくないじゃないですよね。気持ち悪いですよね、ぶっちゃけ。でも、あれもみなさん素晴らしい芸術だと言うわけなんです。あれもみなさん20世紀になって、21世紀になってきて、心にピンと美しいと思わないものが芸術と呼ばれるようになってきた。これが現代アートだと思うんですよね。
視覚的にインパクトがあって、メッセージを伝えているものが現代アートなんで、たぶんこの写真が発明される前のヨーロッパの美しいアートと、その後のアートって結構変わってきたんじゃないかなと。なんで人間はじゃあ美しくない怖いものをアートとして思うのか、ここを今後考えていければいいなと思っています。

中津

ここはぜひ蔡さんにお答えいただきたいんですけど。なぜあれが美しいんでしょうね。不思議でしょうがないです。

昔からの伝統的なものとか美しいものはそのバランスとか、色の組み立てとか、要するに美学的な目から見えるその美しさを大切にしているんだけど、その経験はだいたい自然から受けてきたんです。自然の季節、春とか冬とか秋。その感じのバランスを構造として人間の記憶に残っているんですよ。だから美しい。
でも今の美しいのは、さっき言ったあのムンクのあれね。結局目で体現した美しさよりも、自分の精神とか、夢の中に怖がっているもの、あるいは自分に体積したものをその立場から、あっちと対話してるんですよ。だからそれも自分の魂の一部であり、それがすごく大切。
自分が今回キュレーターしてる中の一人、そのアーティストは、中国人のアーティストにあまりいないタイプです。たとえば、自分の恋人を、その人は男ですから、自分の恋人の女の人が他の人とセックスした。すごく怒るんです。男としては。で、あいつは怒るだけで終わりじゃなくて、その恋人に電話をして、細かく聞くんです。どういうタオルを使った、どのくらい時間で、どういう感じの雰囲気、細かく聞くんですよ。暗黒の世界に向かうんですよ。自分の奥の暗黒の世界に向かう。
で、実際インスタレーションしたのは、彼女の(浮気の)結果のその場所ですけど、主人公は彼女じゃなくて自分の心です。その勇気、そしてその内面の辛さと暗さを表現したものがなぜ美しいかと聞かれたら、当然美しいですよ。我々、正々堂々とやってきた人間にそういう、辛いところ、隠してしまうようなところを見せてくるんですから。それを見せることで人間はより明るくできるんですよ。勇気持つ。それが一つの現代アートの重要さを表現しているんです。つまり美しさの意味はたくさんあるということです。

中津

高木さん、何か言いたいことないですか?

高木

あっ僕ですか!?良い話だなと思いました!

磯部

いやもうちょっと何か言ってよ(笑)

高木

僕は現代アートの話とかしてたんですけど、やっぱり現代アートというのは最初僕も見た時、さっき絵の話をしたんですけど、分かんないなと思ったんですよ。現代アートは、さっき蔡國強さんが言っておられたように悩みを押し出すであったりとか心の動きであったりとかを、そこを読み取れるっていうことにすごく面白さがあって。
実際に作っている方々がそこにいらっしゃるから、ここでアーティストの方々と蔡さんが話し合ったらもっと面白いと思うんですが、どうでしょうか。キュレーターとして提案します。

大倉佑亮

蔡さんだったらトイレにどんな展示しますか?トイレにもし展示するとしたら?

まぁわからないけど、トイレを使うお客さんがアーティストになるようにしたいですね。そういう感じ。できたらみんなが喜んでトイレで作品を作ってしまうような。そういう感じですね。

中津

それいいですね。
はい、だんだん時間も押してきたので、最後にですね、また蔡さんにお聞きすることになるんですが、質問を二つばかりしたいと思います。
一つはですね、今年のパラソフィアの作品も、それ以前に京都で作られた作品も京都と西安の関係を使って表現されたような作品だったと思うんですけども、中国も日本もアジアですね。我々もそうだし、蔡さんもアジア。でも最近住んでらっしゃるのはニューヨークだという。そういうこう、中国の日本の関係、それとアジアとアメリカの関係という、アーティストから見た、ちょっと抽象的な質問ですが、いかがですか。

抽象的な質問に対して抽象的に答えましょうね(笑)
もともと、もちろん京都は、西安の街ともつながっていますよね。そういう同じ土地、街の作り方とか、人間と自然の関係とか、すごく哲学が共鳴しているんです。人間と自然が一体化して。人間と人間の間に融合とか許せるとか、違うことを認めながら、同じものを目標にして、解決できるものを解決しますけど、解決できないものは時間を待って、解決できるように待つんですよ。それはアジアの哲学です。アジア的な哲学は、基本的にその空間の勝負ですぐ解決する。勝つか負けるか。
私総長のゴリラの本を読んだんですよ。ゴリラの哲学は実は勝負で勝ち負けを決めて恥ずかしくなって、ずっとケンカを続けることじゃないですよね。みんな負けることを、どちらともできるようにしているんですよ。そういうものは、ゴリラはアジア的なところもありますね。だからもともと20世紀は西洋の哲学とその価値観で近代化の社会を作ったんですよ。いろんな公立的な生産力もできてきた。でも21世紀は、環境問題とかもあって人間が物質的に豊かになっても、幸せにはなってない。科学は発見たくさんしたけど、魂は失ってしまった。頭が良くなって心は悪くなった。その色んな問題がある中で、21世紀はアジアらしいものを作れば世界に良い貢献ができるはずですよ。アートもそうですよ。21世紀は全部、西洋の考え方で現代美術もやってきたと思うんです。アジアなのに新しい現代美術の可能性があまりない。
私は政治も経済も今問題になっていると思っています。アートも一緒ですよ。ただそれは残念ながら、同じこういう思想を持っていてもなかなか世界には良い例になっていないんですよ。たとえば東の海に、ちょっとの島のというだけで。なかなか上手くいかない。たくさんの中国人が京都に観光に来ましたよね。そのことを無視して、新しい可能性を探してたんですよ、みんな。だからアートでもさっき言った私の作品の中で京都を西安にしたり、去年も長安の塔を作ったり。いろんなことを、実はもう国を越えてアートを通じて、歴史とか政治を越えられるはずですから。めちゃくちゃ抽象的かもしれないけど。

中津

山極総長、ちょっとここで一つ。ゴリラ学の観点から(笑)

山極

今日非常に感じたのは、伊勢さんと高木さんの共通点で言えばね、美というのはインタラクションによって生まれるということですね。生物進化を材料にしているけれども、あれは選ぶ方が得するんじゃなくて、選ばれる方も得するんですよ。共進化なんですよね。だから美しいと思ったもの、美しいと思われたものというのがまたインタラクションを起こす。というところで、生物にとって美というのは意味がある話なんだと思うのね。
で、高木さんにしても実は自己表現をするわけですね。作る方と見る方っていうのはこれ、インタラクションなんですよ。インタラクションというのは、必ず意図が含まれているから、結局それが暴力的に見えてしまう場合もある。そこでやはり、ある空間の中で守られていないと、ルール外れのことが起こる。インタラクションだから起こるわけですよね。だからそれをどういう風にアートとして表現するのか。アートというのはインタラクションであるということを前提として考えるべきだと思います。
もう一つ、蔡國強さんと磯部さんの共通点で言えば、アートっていうのは、見えないものを見せるということだと思うんですね。見えないものというのは無限にある訳です。それを見えるものにするというのはアイデアであって、見えないものを見せる時にはやっぱり「化かす」ということが必要なんです。これは蔡國強さんの言葉で一番気に入ったのは「化かす」という言葉なんですね。人間の能力は何かに憑依することによって、無限になるんですね。他の動物は他のものになるということはできないです。でも人間なら他のものになることができるわけですよ。磯部さんは宇宙になることができるわけですね。あの中で、磯部さんはもう宇宙になっているわけですよ。蔡國強さんは、あのはしごの中ではしごそのものになってるわけですよ。おばあさんの心にもなってるわけですよね。その憑依をするなかで、やはり化けて出る。これがアートだと思うんですね。サイエンスは化けられないんです。でもサイエンスの心も化けるんですよ。だからこそやっぱり共通点があるんだと思って聞いてました。
だからまさに見えないものを見せるってことと、インタラクションであるってことが、非常に今日みなさんの喋っていることを聞いていて感じられたことでした。

中津

それでは最後に、総長に締めていただいたんですけど、ちょっと意地悪な質問を。アイ・ウェイウェイをどう思いますかという質問です。これは最後の最後にとっておいたんですけど(笑)

実はアイ・ウェイウェイさんは、とても今話題な人間で。中国の政治のことをテーマにしてすごく国際的に評価されたという、皆だいたいそういう印象がありますけど。実はアイ・ウェイウェイさん自身、表現の素材の使い方とか、インスタレーションの空間の使い方とか、すごくレベルが高いですよ。はっきりいうと。芸術家としもかなり評価すべきアーティスト。あまりにも社会活動が多過ぎて、社会活動家になってしまったんですけどね。
今彼もニューヨークへ行って、国から出られましたから。自分の手で作品を作れるからね。だいたいネットでアシスタントにやってもらってたんですよ。でもこれから、ますます作品も作家としても評価されていくと思いますね。

中津

それではですね。もう時間もだいぶ過ぎましたので、このへんで締めたいと思います。最後におもろトークの実行委員長の土佐先生の方から、締めの言葉をよろしくお願いします。

土佐

今日はですね、みなさん本当に230名ほどの方に集まっていただきありがとうございました。蔡國強さんもニューヨークからこのために来ていただいて本当にありがとうございました。今日は様々な裏方をしまして、今日のメンバーのコーディネートなども総長と一緒に決めたんですけども、科学技術と芸術とのコラボレーションということですね。どう対立させて、どういう風に見せられるかということだったんですけども。
蔡さんがおっしゃるように、京都にたくさんの美大があって、美大の先生も来られていると思いますが、京都大学が目指すアートというか、アートな京大になるためにはそんなに現代美術を意識するんじゃなくて、やはりたくさんの部局があるんだから、それらの人たちがもっとはちゃめちゃにやってもいいんじゃないかと。これアートなのって言われるようなところまで行ったほうが、すごく新しいものが出てくるんじゃないかなと思いました。
次回は3月に4回目を開く予定でございます。今日お越しいただいた皆様にはまたご案内を差し上げますので、またいらしてください。どうもありがとうございました。

中津

それでは土佐先生に締めていただきましたので、これでおもろトークを終わりたいと思います。
どうもありがとうございました。

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