第1回「京大おもろトーク: アートな京大を目指して」〜垣根を越えてみまひょか? 後編

2015年4月24日(金)

司会:中津良平先生(以降敬称略、司会)
パネリスト:京都大学総長 山極壽一氏(以降敬称略、山極)
大蔵流狂言師 茂山千三郎氏(以降敬称略、茂山)
アーティスト・京都大学高等教育研究開発推進センター教授 土佐尚子氏(以降敬称略、土佐)

山極

千三郎さんね。日本の伝統的な芸能、特に能や狂言はその代表的なものですけども。それぞれに伝来の型がありますよね。

茂山

そうですね、はい。

山極

あるいはその、それぞれ決まったストーリーが

茂山

はい、はい。

山極

その演じ分け方というものを、ずっと引き継いできていると思うんですけども。

茂山

はい。

山極

そこにやはり自分としてオリジナリティを加えようという努力はあると思うんですよね。

茂山

はい、ありますね。最初はその父から習うこと、師匠から習ったことを、当然やるわけですよね。で、師匠というのは結局何を教えるかというと、たとえば野球で言うと、直球しか教えないんですよ。ところがその師匠は、舞台上で変化球いっぱい投げてるわけですよ。父なんか、千作なんか、ずっと変化球ばっかり投げてたんですけれども(笑)。でも、これは真似すると叱られることなんですよね。まっすぐ直球というものを教えられ、それを舞台で表現をしていって、いつの間にか自分で変化球というものを覚えてやっていくんだと思うんです。
そこには、今先ほどお話があった通りですね、二度と同じもの、同じ舞台ができないっていうことだと思うんですけれども。よくうちの家で言うならば、二人とも亡くなったんですけれども、千作と千之丞という兄弟がいました。この千作っていうのはアーティストでした。つまり、同じ舞台は二度と見られないんですよ。ところが、千之丞はね、職人だったんですよ。この職人さんっていうのは、同じ舞台に突き詰めてすごくおなじ舞台をしようとする職人技っていうものを感じる人だったので、ここはアーティストと職人というのがやっぱりいるんではないかなっていう風に思いますね。

山極

すると、やっぱりアーティストは人の真似をしたらいかんの?

土佐

そういうことに世の中的にはなっているんですけど(笑)、今ちょっと思ったんですけどオリジナリティーのことでこういうことを言わなきゃいけないと思いました。現代美術、というか美術じゃなくてもそうなんですけど、発明ってみんなそうなのかなって思うんですけど、オリジナルがまったく無から生まれることってありえないと思うんですよね。
で、じゃあオリジナルってどこから生まれるのってなると、連想力でですよね。それが、誰もが気づく連想力ではなくて、すごい遠いところのものと遠いところのものを繋げたときにまったく予期しなかったことが起こる。これが現代で言われているようなクリエイティビティーとか創造性とか、まあオリジナリティーという人もいるんですが、そういうことじゃないのかなと思います。

山極

京大もね、その独創性というのを売り物にしてきました。それを歴代の総長が連呼するものだから。ここにも元総長いらっしゃいますよね(笑)。結構それを重荷に感じている学生達も多いんじゃないかというのはちょっと気になっていたんですけど。
独創性っていうのは今土佐さんがおっしゃったように、いろんなものと異質なものが出会うところに生まれる可能性が高いですね。でも、それをちょっとひねくれて受け入れる気持ちを持っていないと、それは真似になっちゃうんですよね。ちょっと反発心があり、先回りをしてやろうという野心もあり、っていうところで、新しい発想がせめぎあって出てくるということもあると思います。
狂言でもね、千三郎さんはほら、たくさんの兄弟や親族がいらっしゃるわけですよね。それぞれにやはり大蔵狂言を受け継いでやっておられる訳ですけど、その間の競争とか切磋琢磨とかやっぱりあるものなんですか?

茂山

そうですね、家……っていうね、茂山千五郎家という家なんですけども、日本にその狂言をする家っていうのはたくさんありまして。東京であれば野村家とか、山本家であったりとか、大蔵家、いろんな家があるんですが。
その茂山千五郎家っていうのは、日本で一番自由な家なんですね。東京の方には、山本東次郎家っていう一番堅い家があって、同じ大蔵流なんですが、全然違う狂言をします。で、大蔵流の中で山本東次郎家のすごいところは、みんなが山本東次郎家の狂言をするんですよ。ところが、茂山千五郎家の狂言は、みんなバラバラなんですね(笑)。それぞれの個性なんですよ。ところが、同じ舞台に立って同じようにやると、それは茂山千五郎家の狂言っていうものになるっていう、どこかでこれ以上越えてはいけない線っていうものを持ちながらやっているところが大事だと思うんですね。

土佐

その越えてはいけない線っていうのはどういうところで、逆に言うともしどういうことやったら破門になっちゃうんですか?

(会場、笑い)

茂山

んー、破門になった人まだないんで…。

(会場、さらなる笑い)

土佐

それだけ自由ってことですかね。

茂山

大概の場合大丈夫だと思うんですけどね。
多分、このゴリラ楽を山本家の人がやったらちょっとマズいんじゃないかな、というところはあったりしますよね。ただやっぱり、狂言だなって見えるかどうかっていう線だと思うんですよ。その線がねえ、わからないです。まだ僕にも。
で、一ついろんな芸能の方がおっしゃるんですけど、型破りは許せるけど型無しにならないように、っていう線だと思うんですよね。それもやってみないとわからないです。やってみて、これはやっぱり型無しになってたなっていう風に後で思うことは多いんですけど。
そこはまあ、墓場までそれを追求していくことになるんじゃないかなと思うんですが。

山極

表現方法というものは、やっぱり言葉とかいうものにならないものだから。目に見えるものとして写っていく場合、どんなに自分が足掻いても、何か一つの統一感みたいなものがあって。
たとえば千三郎さんが色々工夫を凝らして別々の表現をしたとしても、やっぱり千三郎さんだとわかっちゃう、みたいなものがあると思うんですよね。僕がさっきゴリラ、チンパンジーのドラミングを見せてその後歌舞伎の見栄を見せて一緒だろって言ってたのは、そこに本心があるんです。つまり、体の構造が似ていたり、姿勢、つまり生きる構えみたいなのが似ていると、あるいは異性からの期待感を一心に受けて、自分が美しくなろうという表現を極めていくと、似たような表現になっちゃう、っていうのは何かやっぱりそこに似たものがあるからなんですね。しかもそれは、その言葉になると全然違って聞こえるものが、身体でやるとどうしてもそこを越えられない何か統一感、共通点みたいなものが出てきてしまう。というものがありはしないかなと思います。

茂山

あるんじゃないかなと。自分ではそれはこうだから共通項も同じなんだという風に認識はしていないんですけれども。よく言われる守破離って言葉がある通り、自分では離れてないつもりなんだけども、いつの間にか離れていっている。”守”、”破る”ですよね。で、”離れて”いく。
自分で父の芸から離れていこうとすると、多分変なことになる。いつの間にか父に教えられたことをやってやってやっていると、父と違うようになったかなって自分で思うんですけれども、ある人に「お父さんによう似てきはって」って言われると、やっぱ同じやなっていうようなところなんですね。

山極

それはね、何とも表現がしようがないんだけども、例えば土佐さんが音を色にするみたいなこと、あるいは春や四季というものを表現するときに、やっぱりみんなが見て、おお、これは春だよなっていうような、シンガポールの色を使っていても、それが飛び込んでいくような感じがするというのは、人間が持っている心に訴える何かが共通しているからだと思うんです。
だから、いかにそのアーティスト達がとんでもないことを初めても、どこかにそれは理解されるような何者かがあるんじゃないかと思います。

土佐

あると思います。しきい値っていうのは非常に人によって違うところもあったりはするのかなって思いますが、あると思うし、それが文化の遺伝子なんじゃないかなと思う。

山極

文化の遺伝子か……それはちょっと聞き捨てがたいですね(笑)。

土佐

いや、例えば狂言の千三郎さんが父に似てきましたねって言われるのも遺伝子が為すものかなと思うし、我々自体もやっぱり両親に似てますよね。性格とか顔とか様々なものが似ていて、もちろん生物的にはそういうものがあるんではないかなと思いますし、いずれ生命科学かなあ、まあそういう分野の学者が発表してくれるんだろうと思うんですが。それと同じようにですね、私がボストンに三年くらい住んでて思ったのは、まあ文化の違いでアメリカ人になれないのは当たり前なんですけど、もう染み着いた自分自身が日本人の文化の遺伝子を持っているっていうのはすごく感じたんですね。
だからそれを感じたときに、自分だという、それまで根無し草だったものが、地に着く。根付いてくる。しかもやっぱり現代アートなんかやってるとですね、やはりちょっと根無し草なところがあると思うんですね、若い頃というのは。自分が何者かというのがまだ定まってないとき。でも、それがだんだん表現していく中で、よくいろんなことを考えて、いろんな出会いもあって、そういうことと、今までの歴史を振り返ったときに、自分はここでつながっているんだって言うことを感じる、そこが結構重要なポイントではないかなと私は思います。

山極

実は昨日、奥本大三郎さんと話をしていたんですよ。彼は昆虫少年で、昆虫趣味をずっとやってきた。だけど本業はフランス文学者なんですね。
彼が言うには、人間が建築で使う形や色というのは、その土地にある自然の色や形からとってる。非常にそれが、本人は意識してないんだけど似てくると言うのですよ。タイの寺院は、タイにいるカブトムシの形によく似ているって言うんですよね。とんでもないと思ってたら本当に似てるんですよ。アフリカのマサイの人達が着ている服、先住民の人達が身体につける飾りっていうのはやっぱりアフリカの色に非常によく似ているっていうんですよね。南米の人達が作る器につける色っていうのは、南米の鳥達の色に非常によく似ている。
それはやっぱりその土地土地によって、生まれながらにしてその色や形に感動するという心を身につけて、それを知らず知らずのうちに造形をするときに、その自分の感動した色や形を使うって言う風になってしまうからではないかと僕は思うんですけど。

土佐

いや、まさにそうだと思います。よく聞く話なんですすが、東北に住んでる人ってあんまり派手な赤、黄、青みたいな色を使わないんですね。割とモノトーンの絵を好むと言われていて。赤道直下に住んでいるような人達、南の国に住んでいる人達は、わりと原色を好むと言われてますから。服もそうだし。

山極

でもそれ土佐さんがアメリカに住んでてそうはならなかったわけ?

土佐

いや、異邦人でしたねやはり。それはやはり自分がもう日本人だっていうことをすごく自覚して。
あと面白かったのは、日本がそれまで嫌いだったのに恋しくなって好きになったんですよ。改めて自分がいかに日本のことを見ていないかってことをボストンで知りました。それでたまたまボストンという土地柄、フェノロサとかいろんな方がいてですね、ボストン美術館の中に日本美術だとか様々なものをそこで見て、逆輸入みたいな感じで非常に感じるところがあって、まだまだ自分が知らなかったんだなってことに気づいて、そこからですね、色々勉強したのは。

山極

それは私にも言えて、向こう側に行ったから、人間の良さも悪さも、まあ悪さっていうか変なところが見えてきた。それはやっぱり垣根を越えた良さ、美点なんですよ。自分が違う視点を手に入れた。
ただその、違う視点を手に入れるためには、やっぱり頭の中で向こうにいっても駄目で、身体ごと向こうに行って体験しなくてはならないってところがあるんだと思いますね。

土佐

そうですね。まさにそう思いますね。

茂山

あのー……垣根っていう部分で言うと、私達が何かを、狂言っていうものをね、今まで六五〇年やってきた。その前に、結局猿楽っていうのがあったわけじゃないですか。これはもうものまねであったりとか、コントみたいなもので、即興劇だったものが、猿楽と呼ばれてて。それがいつの間にか能、狂言というものになって。
何故それが猿だったのかというと、日本の国内で人間に一番近いのが猿だったんですよ。で猿真似をしてきたはずなのに、こういう山極先生みたいな人がですね、ゴリラを持ち込んで来ちゃったわけですよね。

(会場、笑い)

で、僕からするとですね、狂言と猿との間にボーンッとゴリラが入ってきたんですよ。で、これを猿楽じゃあできないなって思ったので、ゴリラ楽っていうものが生まれてきたんですけれど。六五〇年間その歴史の中で、日本人の中で人間に一番近い存在という猿というものが、この京都大学のおかげで、ゴリラっていう近いものがでてきた。そこでどうしたのかっていうと、いろんなお話を聞いて目から鱗のような狂言と共有できる部分、人間と共有できる部分っていうのがあったので、このゴリラ楽っていうものは少し垣根っていうのがなくできたんではないかという気がするんですね。

土佐

すごく特徴的な行為がありましたよね。見つめあうとか。

茂山

そうですね。構えるとか。

土佐

あれゴリラ楽オリジナルのものですよね。

茂山

そうですね、はい。ただね、その狂言っていうのは今でこそ舞台から降りることはないと思うんですけれど、猿楽って恐らく客席から上がってきて客と、客いじりですねつまり、すいません先ほどいじりましたけど。そういうのがいっぱいある中で多分行われていたものだと思うので、もう一度そういうものが再現できるようなヒントになったんではないかなって自分の中ではすごく思います。

土佐

でもそこに、やはり狂言だから、笑いとか、まあコメディーって言ったら怒られるのかもしれませんが、そういうのを考えつつ、そういう演技の型を考えるんですよね。

茂山

そうですね、型。先ほど離見の見の話をさしていただいたときもそうなんですけれども、狂言っていうのは擬人っていうのがすごく得意なんですね。女性ですら男性が演じる、それが可笑しいんですけども。
それ以外にも、狐を演じたり、蚊を演じたり、あるいは先ほどの雷を演じたりっていう風に、いろんなものを演じます。もっと言えば、木を演じたり桜を演じたりするし、それを飛び越えて正義を演じたり悪を演じたり、っていう概念っていうところまで演じていくことができます。
それって人間から考えると遠い遠いものだったのに、先ほども言いました通り山極先生が一番近いところを持ってきたものですから、これはね、本当はやりにくいんです。すごく人間に近いからですよね。

山極

千三郎さんがお面を被ってね、演じるとき、そしてお面をはずしてやっと役から解放されたときっていうのはね、やっぱり二つの概念の間を行き来していると思うんです。面を被ることによって、やっぱり違うものになりきる訳でしょ?

茂山

そうですね、能の世界では完全に鏡の前に座って面(おもて)をつけて、ずーっと自分を見つめて、面に気持ちを入れていくっていうのですか、面(おもて)、面(めん)っていうものに魂があるという考え方なんで、自分の面をつけた姿を見て役に入っていくっていう精神性はありますよね。

山極

面白いなと思うのは、例えば僕らは結果的に動物の調査をしていて、ゴリラにしたってチンパンジーにしたってニホンザルにしたって、人間の言葉を持っていないから言葉を使ったコミュニケーションができないわけですよ。ただ、彼らの中に入って、彼らと一緒に行動しているときに、なるべく彼らが緊張しないように、あるいは変な関心を自分に抱かないように行動してるから、自然と猿やゴリラの行動になってしまう訳ですよ。そのときに、やっぱり心っていうのはね、仕草で表現されるものだなと。我々はずっと古く昔から、仕草でコミュニケーションをとってきたんだなって気がするんですよ。
さっきいみじくも、千三郎さんは見てないかもしれないけど、ゴリラとフクロウとコミュニケーションをとる場合があるんですよ。フクロウは、ああやってでっかいグローブみたいなゴリラの手で触られても怖がってないわけですね。それはコミュニケーションが成立しているんですよ。これは遊びだと言うことがフクロウにもわかっている。そういうことを、我々人間はずっと行ってきている。きたんだと思います。
で、そこで必要なのが、単なるコミュニケーションではなくて、それをもう一つ越える心の表現なんだと思うんですよ。そこに、私は現実、アートと言えるようなものの在処が出てくるんじゃないのかなっていう気がします。

土佐

最近思うんですけど、人とコミュニケーションをするときに、わかりにくくなってると思うんですね。感情を込めて話すっていうのがあまり格好良くないような風潮もあって、わりと論理的に合理的に判断でやるというような世の中になっているので、あまり熱く語るとですね、むさ苦しいような感じになってですね、そういうことがあってわかりにくくなってると思うんですね。
そういったところで、もちろんしゃべった方が早いならしゃべった方が良いと思うんですけど、アートっていうのはインターフェース、間に入るものとして非常に有効であり、昔は呪術とか演劇だとかそういったところから来ていて、今は(手元のノートパソコンを持ち上げて)これが入ってくるわけですね、コンピュータが。だからコンピュータが入るところは入っても良いんですけども、使い間違えがあってしまうと、そこでコミュニケーションが断絶されるので、そこを復元するためにもアートっていうのが必要じゃないかなって思います。

山極

コンピュータを使った狂言というのはできますか。

茂山

コンピュータを使って……ね。映像を出すというところまでは確かにもうありますよね。ただ、将来的なところで、今も雷さんですね。雷神が動いてましたけれども。なんですか、点々つけて動くやつ、なんでしたっけ? 自分に点々をつけて。

土佐

あ、モーションキャプチャー!

茂山

モーションキャプチャーね。モーションキャプチャーを撮ったことはあるんです。なんかモジモジ君みたいなやつを転々いっぱいつけてですね、動き舞うわけですね。僕が舞う。それをたとえばウルトラマンが舞う。映像乗せるとウルトラマンが完全に狂言をするわけですよね。そいつと狂言してみたいなっていうのは思いますね。そういうことが今後できていったりするのかなって。

土佐

なるほど。

茂山

あるいは、僕が演じているものを三代前の千作がやってみるとか。映像を変えてみるとか。山極先生がやってみるとか(笑)。そういうことが、なんかもうできてしまうっていうのは、一つ今でないと見れないものだとは思いますよね。

土佐

そうですよね。そこを明るく言うとそんな感じになると思います。私も前ですね、十年くらい前に、吉本興業ってあるじゃないですか、吉本興業の人達と一緒に、インタラクティブ漫才という、つっこみコンピュータっていうのを作ったことがあるんですけども、非常に難しかったです。
つっこみの間合いが。ボケとつっこみ、どちらかというとつっこみの方が簡単ですので、コンピュータはつっこみをやったら良いんじゃないですかって言われてつっこみコンピュータになったんですね。でも非常に人間と間合いが難しいんですよね。やっぱり結局人間が助けてる感じになるんですよね。
そこが非常に難しくて、笑い、笑いのインタラクションというのは非常に難しいなと思いましたね。

山極

僕ね、似たような体験したことあって。爆笑問題と京都市動物園で対談したんですよ。爆笑問題って田中さんと、もう一人誰だっけ…。

土佐

太田さん。

山極

あ、太田さん。太田さんはいつも喋って、田中さんが合いの手入れるじゃないですか。田中さんこっち(手前、向かって左)にいて、太田さんこっち(向かって右)にいて。三角形で話をしていたんだけど。バックヤード、ゴリラの園舎だったから、私の後ろにゴリラの顔が見えるんですよ。そうすると太田さんがね、うわぁっとしゃべろうとしてるんだけど、ゴリラの顔がちらちら見えるもんだから、しゃべれなくなっちゃったの。
太田さんってやっぱり天才的な漫才師というか、芸人だから、相手の顔を見て先を行くんですね。話を作る、相手をいじる、ってことをやるんだけど、私の顔とゴリラの顔がだぶっちゃって、読めなくなっちゃったんですよね(笑)。ずーっともう、しゃべれなくなっちゃって、しょうがないから田中さんと私ばっかり話してたんですよ。
だから、やっぱりインタラクティブであるっていうのがいくつか人間にはやりかたがあって、太田さんのように顔と言葉というのがセットになって、頭の中で急回転するようなインタラクティブっていう話と、それからやっぱり千三郎さんのように相手と自分との間に合意形成をしつつ、これが遊びだなあとかある程度その先を両方とも合意しつつ進ませていくようなやりかたと。
それからまあ、そのアートっていうのはどうなのかって聞きたいんだけど、そのお互いに確信を持たないインタラクティブっていうのもあると思うんですよ。

土佐

勿論、それはあると思います。お互いに確信を持たないというかですね、ふと思ったんですけども、山極先生のゴリラの研究のご講演を何度か拝聴したことがあるんですが。
例えばですよ、ここにあるゴリラの面をつけてですよ、山極先生がゴリラのことをしゃべったらですよ、やっぱり受け取り方って変わると思うんですよね。次のご講演のときには是非やっていただきたいと思うんですけども。
それはやっぱり受け取り方っていうのは全然違うし、アートを作っているアーティストっていうのは、こう受け取って欲しいと思うのが50%くらいあるんですけど、その通り受け取ってもらえたことなんて一度たりともないですよ。例えばアーティストにとっていいことの一つとして、日本近代美術館買い上げ、とかあるでしょ。そのときに、アーティストはこの作品がいいと思ってるんだけれども、美術館としては美術史の中から見ていきますから、選ぶ作品とか全然違うんですよね。そのへんのコミュニケーションギャップっていうのは、もうしきい値の範囲内だと思ってます。

山極

だからね、僕はかえって羨ましくて。評価できないものでしょ、アートって。我々サイエンティストの作品は全部評価されて、ランク付け、点数つけられちゃうんですよ。これが大変なんですよ。うちは良いとして(笑)。

茂山

あのー、結局客席、あるいはご覧になる方と私達のステージ、あるいは作品との間にあるものって、僕らはやっぱり空気だと思うんですよね。空気って言うのを変えることができる人ってすごいんだと思うんですよ。今でも、こっから(会場の反対側から)出させてくださいと。いきなりここ(座席)で始まるっていうと、僕空気作れないので。通りながらここどうなんだろうなってさぐって上がってきて、なんか空気っていうものを作っていこうとする。そういう能舞台でも何でもない会場のね、世の中で、僕もまったくわからないですから。
そういう空気って言うものを感じること。そして、さらにそういう空気を変えていける役っていうのが、それが一番すごい。それはやっぱりどんだけ己の心っていうのを出していけるか、気持ちって言うのを出していけるかっていうアーティストのすごさなんじゃないかなって思いますね。

土佐

それは離見の見とか、序破急とか、そういったものを越えて変えていくっていうことを、千三郎さんは目指しておられるんですか。

茂山

そうですね、いわば自分とかの色っていうことですよね。一生懸命やっても結局親父に似てきましたねって言われるけれども、反骨して千三郎の色って言うものを作りたいと。その色に会場を塗り変えるんだっていう。全然塗り変わってないじゃんって言われるかもしれませんけど(笑)。
そういう思いを持って、そういう空気にしていきたいっていうことだと思うんですよね。

土佐

それが、千三郎さんが生きた証のアートなんだっていう

茂山

なんですかね。でも死んじゃうと残らないんで、無形文化財って言われるんですよね。
(会場、笑い)

司会

非常に盛り上がっておりますが、最初にお話ししましたように最後の30分はですね、是非会場のみなさんがたにも入っていただいて議論をすると。質疑応答というよりは、みなさんも議論に加わっていただくという風な形を取りたいと思いますので、是非誰か切って口火をいただけると非常にありがたいんですが……。

(挙手した尾池元総長を当てて)

はい、よろしくお願いします

尾池 元総長

あの……じゃあ、議論に入る前に。僕はわざわざここへ今日なんで来たかっていうと(ポスターを指さして)あのポスターのチラシを見てあの二人の格好が見られると思って来たんですけど……。

(会場、笑い)

あれ見とうてわざわざ来たんで。さっきから一人しかやっとらんで、あれ見てから議論に入りたいと思います

(会場、拍手)

土佐

是非お願いします!

(山極総長と千三郎さんが前へ出ていく)

山極

えーっと、これはですね、最初だったっけ?

茂山

二回目……?

山極

二回目でしたよね。
千三郎さんが京都市動物園のゲンキさんになろうっていうときに、じゃあゴリラの格好をするのにどうしたら良いでしょうかっていうことで、じゃあ一緒にやってみましょうかってことで、まずこう腰を落とすんですね。で、足を開いたら、ちょっとがに股になります。
それで、背中は常に張ってないといけないんですよ。それはゴリラのゴリラたる所以ですから。それで、手を軽く握って、相撲節みたいに下ろしちゃうと、それは無駄なものがあるから、やっぱり上向けないといけないんですね。で、こうこう前をはっと睨みながら歩く。

茂山

ナンバですね?

山極

ナンバに行く場合もあるし、行かない場合もあるんですが、ナンバというのは実は体力回復時にこういう風に回るんですね。でも、前に進むときにナンバっていうのはあまり良くない。だから、ゴリラっていうのはただ歩いているだけじゃなくて、餌を摘みながら歩くわけですから。
こうやって、相撲の方はこうやって行きますよね。それは、やっぱり手を使いながら上半身を立てて相手に向かってきちんと意識しながら歩くときに、自然にナンバになる。だからゴリラも、ゆっくりはゆっくり歩くんです。という風にやってました

(会場、拍手)

司会

是非、続けてどうぞよろしくお願いします
はい、そちらの方。

男性

あ、どうも、ありがとうございます。今見せてもらって、やはりこの世のなりたちは、一つのコントラストだなあと。山極総長が今何故こんな、ICの時代に誕生したか。これは原点、源流を遡り、原始に還れ、原点に還れという叫びだと思いますよ!
普通は選ばれるような、土佐さんが選ばれた方が、時代に合致してたと。モダニズムと伝統とイノベーションから見たら。やっぱりこれは何か意味するところがあるのを察知しなければ。山極総長誕生を。ということからこの古いことの伝統とイノベーションを草案するものを。そして、あらゆるものが比例があれば反比例があり、相反するものばかりでこの世の中対になっていますね。やっぱりそこを察知したらこういう芸術や学術がもっとわかってくるんじゃないか。iPS細胞ももっと発展していくんじゃないか。そっから見てやはり私は、もう一度人間は再びという言葉。東北の人も再び、やはり、リカバリーする、再生するということから始まり、もう一度、町を作り直す、リメイクする、そして、三番目にやはりリセットするということなんですね。心を整える、京都、ありましたね、文化財が、あれは心を整える、リセット、ほな、次の段階があるんですよ。やはり、人々の心を、東北の人々の心をやっぱり蘇らせる、リバイバルというのがなかったらあかんし、次にやっぱり、それを長く続けさせる、サスティナブルというのがなかったらあかんし。その後に、やはり究極の目的が示されてない場合が多いです!
やはり生存し生き残るという、サヴァイヴァルなんですね! 東北の人もサヴァイヴァル、日本もサヴァイヴァル、こっから思ったらやはり我々自身の京都は哲学を語るだけで良いです! そのフィロソフィー、政治家は政治、哲学、稲盛和夫さんは一番に経営哲学と言っておられます! やっぱり、哲学が一番に来て、ものの考え方いうコンセプト、シンキングというものの考え方一つで結果が、一八〇度違うんですよ!
星野監督は負けてまた次は最下位、優勝して最下位、あれは考え方やっぱりおかしかったんですねぇ、去年は。そういうことからして、やはりこの土佐さんのモダンな見事な英語になってる、やっぱり創作ポリシーというものがなかったら駄目と。必要なことだけ言うてるんですよ! そしてやはり、山極さんのような胸の内に、やはり人間性ヒューマニズムというものが、絶対になかったらいかん。茂山さんもね。そういうものがなかったら絶対駄目だと。経営も、ブラック企業なっとる。
そしてやっぱり五つ目は、今日は一二〇〇年の、確かな歴史観がなかったらいかんのです!! これを持ってない人間ばかりです! 私くらいのものですよ。それくらい確かな歴史観難しいですよ!
この五つを一つにやはり統合されたやはり日本人としてのアイデンティティなんですね! やはりこの同一性というものを培い、一つになる再一性がなければ、チームワーク良くなければ、原監督みたいに巨人全然優勝できない。そして、やはり統一性というものが日本人に欠けています! この三つこそ、我々に求められていることじゃないかと思うんですが、三名様如何でしょう!

山極

はい、ありがとうございました。まったくおっしゃる通りだと思います。私も原点に還って心を再生する、京都大学としてふさわしい心を再生するということに努めて参りたいと思っております。

茂山

そうですね……狂言やってるとですね、原点に還るもなにも、恐らく原点しかないんですけれども(笑)。
先ほどもお話した通り、足下を踏み外さないということを考えていくことが、結局一回りして原点に戻っていくんじゃないかなと……僕も、死ぬ前には元に戻ってるような気がしますんで。そこに向けて、徐々に原点に向かっていきたいなと思います、はい。

土佐

私はですね、勿論原点に向かって、原点からまたアートをいつもやってますけれども、ここに多くの学生さんがいると思うんですよね。京大の学生さん。京大の学生さんは、多くの人が京大の自由の校風を求めてやって来ているわけなんですよね。
だから是非アートもやってください。それを私としてはちょっと話したいことだと思ってます。

司会

土佐先生の方から学生さんに少し意見を……。

土佐

あのー、京大の学生の方。手を挙げた方からご意見を聞きたいんですけど、今日は別に先生方もいるけど自由に意見を言ってください。

(方々から手が上がる)

司会

では、着物の方。

着物姿の女性

ありがとうございます。今日は着物で失礼します。あの、着物はただ趣味で来ているだけで、特に何かあるわけではないんですが……。
私は理学部の人間なんですけど、日々物理、私いま物理はそんなにやってないんですけど、物理とかを上に行くにつれて、私がやっているのは純粋物理、純粋な学問としての物理、思想のような学問のような範囲をやっているので、物理をやってて、使うものは数式だし対象は自然なんですけど、対象は自然で、それを数学で記述しているだけで、もう思想なんじゃないかって思うんですよ。
で、それを面白いと思ってやってるわけですが、数学とか今まで積み重なってきた学問の流れを知らないと、その枠組みを知らないと、面白いとか美しいとか思えないじゃないですか。私はそれをちょっと勉強したから物理が面白いなとか他の学問も面白いなって思えるわけで、美術とか芸術とかも枠組みを知らなければ面白いと思えないと思うんですよ。
たとえば、私は全然知らないので、アフリカのすごいと言われているトーテムポールとかを見ても、面白いけどすごいという感想は、感動とかそういう感情は、そんなに生まれなかったりするんですけど、美術も枠組み、あと現代芸術もよくわからないと言われるじゃないですか。その見方の枠組みを知らないと、面白さとか受け取れないと思うんですけど。
それでも芸術って、枠組みを知らなくても感動できるものが稀にあって、現代芸術でも草間弥生さんのブツブツの部屋を見たとき私本当に感動して、倒れそうになってしまったことがあって、美術とか芸術、アートの人を感動させる力、枠組みがなくても越える力っていうのが、学問にもあれば良いなと思うのですが……それをちょっと探していきたいなと思いますし、えっとどうしよう、締めれない……。

土佐

あのー、現代物理とアートをつなげると、ものすごく誰もやってない可能性が見えてきますよ。

着物姿の女性

あー、そうかもしれない……。

土佐

是非、やってみてください。

着物姿の女性

はい、ありがとうございます。

山極

確かに、枠組みを知らないと感動できないものっていうのはたくさんあります。でも、枠組みを知らなくても感動できるものっていうのがあって、それは別にそれ任せではなくて、自分の問題でもあるんだよね。それは要するに、何かにセンシティブな心を作り上げていくと、なんか他の人が全然感動しないものに感動しちゃうことってあるじゃないですか。
それってやっぱり人間の心の妖しさでもあるんですよね。その妖しさっていうのは自分でなかなかコントロールできないところがある。そこをつなぐのが、アートじゃないのかなと僕は思うんですけどね

着物姿の女性

”あやしさ”ってどういうイメージの……。

山極

要するに、妖怪のような妖しさ。形のない、自分でとらえどころのない。自分の心って見えないし、自分の心ってどうなのかって自分でも定義できないところがあるはずなんですよ。ここに感動しようと思ってるんだけどすごく興ざめしちゃったりね。
でも、とんでもないつまんないように見えていたことが一瞬にしてすごいと思えるようになってきたりするんじゃないですか。それってやっぱり、自分で何とも形容のできない何かが自分の中に潜んでいる、それが妖しさだと思うんですよ。
そういうものを、それぞれの人間が持ってる。そこをつないでくれるのがアート……持ち上げすぎなんだけど、じゃないのかなって思ったりするんですけどね。

茂山

要は、全部わかってしまうとつまらないっていうことではありますね。
有名な言葉で、”秘すれば花”って言う通り、隠し事とか見せないこととか大極秘とかね。私達の芸能の中にも、ここより以上はもう見せないんだ、っていうものもやっぱりあると思うんです。で、そこを見たいっていうのが、それこそもうパンチラの世界じゃないですけど、見えないけれどもなんか見てみたいなあ見てみたいなあっていうその欲、っていうものに、どうやって自分の触覚が触れていくんだろう、みたいな。
それがまあ、今おっしゃった通り、概念的なことを知ることになると思うんですが。きっと、すごいものに出会うと思います。今の草間さんとおっしゃる通り、それが物理であるかもしれないし、他の現代アートかもしれないし、古典なのかもしれないし。そういうものにきっと出会えるのではないかなと思いますし、僕自身もそういう風になりたいなっていう風に追求していきたいなって思ってます。

着物姿の女性

ありがとうございます。

土佐

他に、学生さん。

(手が上がる)

どうぞ。

女性

すいません。年いってるんですけど、一応学生なんです。
山極先生に前から一つ聞きたいことがございまして、変わった話なんですけど、去年くらいに兵庫県議でちょっとテレビに出て話題になった議員さんがいらしたんですけれども、あの方で日本人がびっくりしたわけですけども。ゴリラのドラミングが威嚇するけれども攻撃ではないっていうのが、あの方のあんな大声でわあっとやられたら、ま、びっくりするわけですけれど、だからといって攻撃してくる感じでもない。微妙に引いてるような、大声なんだけど引いてるって言う変わった感じに日本人がびっくりした。
やったことの良い悪いは全然退けまして、その精神性のちょっとレベルっていうので似てるんじゃないかと思ってまして、でもこんなん一人で思ってただけなんで、もしご意見いただけたらと。

山極

うん、あのね、人間って知らず知らずのうちに、建前と本音っていうのを両方見せながらやってるってことがあるんですね。
ディスプレーっていうのは、それをちゃんと周囲にもわからせ、相手にもわからせ、という劇なんですね。人間はそういうことを演じきることができる。たとえば僕がよく出す例なんですけれども、野球の試合をしていてバッターがヒット性のあたりを撃って、一塁、一生懸命走ったんだけどアウトになった。でも、その微妙な判定を巡って、監督はそれはセーフだって言ってダックワードから飛び出してくるわけですよ。審判もその判定を曲げない。いやこれはアウトだって言うわけです。
そんときに監督と審判が、接触しそうにね、お互い胸を張ってこうやるわけですよ(腕を振る)。実際殴りかかろうとしたりするそぶりを見せる。でもそれは、本当に喧嘩になるわけがないわけで、みんながわかっているんだけどそれを横行に演じながら、その戦う意欲、そして審判の判定に対して抗議をする監督っていうのを演じきるためにやってるわけですね。周囲がそれを止めるわけですよ。それで、観客も納得する。そういうみんなの思惑が、その是非に集中するというのがあって、それを監督も審判もわかっているんですよ。
そういうことが実はゴリラにもできるんです。それを、一九世紀の探検家達が知らなかったから、ゴリラの知性って言うのはそんなにないと思ってたんで、ゴリラって言うのはただ闘いたいためにね、そういう相手に対して威嚇をしたんだっていうだけで捉えてしまった。でも、そこには闘う姿勢を見せているんだけど闘いたくはないんだよっていう、お互いがきちんとそういう形を作ってわかりあう必要があるんだっていうことを周囲に納得させるために演じているわけですよね。
そういう高度なやりとりというのがゴリラでも可能なんだということをあれは示してくれたんだと僕は思ってます。動物と人間のレベルっていうのは勿論認知レベルで違いはありますけども、そのくらいのことはゴリラでもチンパンジーでもやるんだっていうことが今の我々の理解なんです。

女性

ゴリラのレベル……レベルっていう言い方がふさわしいのかどうかわからないんですけど、一昔二昔前はそういう霊長類の世界と人間の世界をスライドさせて持ってきてするような説明があったと思うんですけれども、ああいうのはやっぱり今ではおかしいでしょうか。
たとえば、あのボス制度を会社制度に移行するような……。

山極

だから、今日も私が言ったように、誤解したまま易々と垣根を越えると、大きな間違いが起こるわけですね。たとえば猿のボスだとかいうものを、人間社会に簡単に当てはめて言うのは間違いということが多いです。ただ、正しくそれを解釈して見ていくと、人間でもね、実際に我々がこういう意味だと思っていたものの由来では、由来っていうのは元々の形を辿ると、今では考えつかなくなった過去が見えてくるっていうのがあって、それが実は私の探りたいことです。
だから、たとえばさっき、千三郎さんがずーっと近づいていきましたよね。もし人間であったらほっぺたひっぱたかれますよっていうのを言った。確かにその通りなんです。でも、あれは、ひょっとしたら元々人間はああいう挨拶の仕方をしていたかもしれないですよ。それが言葉を持ったために、ちょっと離れて相手の顔を見て挨拶することができるようになった、それが常識になったから、あそこまで近づかないのが当たり前なんだけど、それは我々の古い挨拶の形を示してくれているかもしれない訳ですよ。それはだから我々の想像力をすごく広げてくれるものだと僕は思ってます

女性

すいません、土佐先生にもお伺いしたいんですけども……。

司会

ちょっと短くお願いします。

女性

はい。
最後の方で、『プロジェクションマッピングは現代の祭りであり、呪術である』から続くようなお話なんですが、アーティストの方がこういう呪術性の復活ということをよくおっしゃるのを聞くんですけれど、私は呪術社会になってほしくないと思ってるものなんです。あまりにも安易に呪術呪術と言ってるのが逆に現代に復活してきてるように思っておりまして、最後のスライドに出たようなお話のプロジェクションマッピングを今話題の日の丸でやってとか言われたときに、この論理では反論していけないと思うんですね。
本当はちゃんとあるんだよということがあれば良いんですけれど、それがなかなかわからないもので、こういう呪術って素敵ですよだけだと、なんかちょっと怖いことになってしまいそうなんで、もしそこらへんでお考えがあればお願いします

土佐

説明不足だったと思います。
呪術と言うよりは、そこまで濃いものではなくて、一つは祭りのようなもの、一つはやはりオリンピックとかああいったようなものとちょっと近いというか、同じように一つの場所にみんなが集まり、そこにその映像を共有するっていう機会はあんまりないわけですよね。だからすごく何かを伝えるインパクトを持ってるメディアだなと実は思ってます。
今回で言えば、琳派四〇〇年の京都府のオープニングですっていうのを伝えるための目的がそこにあったわけですね。それでああいう形で行ったと。一つの祭りのイベントのオープニングであったわけです。だから、そんなに呪術ばかりを強調しているわけではなくて、一つのたとえとしてお話をちょっとしたわけでありまして、そんな怪しいものではないし、どっかに持っていくようなメディアでもないし。ただ、色々な可能性っていうのはすごくあると思います。
近いものでいえば、ミュージシャンのライブだとかああいったものにも近くなってくるのかなっていう気もしますし、今から出てくると思われるのは、ただ見るだけではなくて相互作用があって、何かに反応する? たとえばみなさんのiPhoneだとか携帯電話を通じて何かと反応するとか、そんな難しいことしなくても何かを持っていて、それに対して反応するとかそういったこともこれから出てくると思うし、一つのメディアなんですよね。媒体。媒体ってあって、まあでもメディアの語源は”巫女”、巫女さんですから、やっぱり何かを伝達するメディアなわけです。そういった意味でちょっとお話をしました。
たとえば、ここにおられる千三郎さんだって、先ほどゴリラ楽をやられたときに、そういう媒体というか、ゴリラの媒体であったと思うんですよね。憑衣って言い方もあると思うんですけれども、我々がその色んな顔があって、色々なことを演じますよね。先生であったり、お母さんであったり、お父さんであったり、会社員であったりっていう顔があるんだけどそこでも色々な憑衣っていうものが軽く行われていて。
まあでも現代の中において映画の誕生、あれだけの人が集まるってことは確かにあんまりなくって野球場とかライブだとかそういったところしかなくて、そこに行くと何かうきうきするようなエネルギーってあるじゃないですか。そういうことをたとえとして私としては話しました。

司会

アートの起源とかですね、アートとは何かとかですね、現代におけるアートというのはこの三人の議論の中で色々あったと思うんですが、時間もそろそろ終わりですが最後にたぶん京大におけるアートというような議論がまったくなかったんですが、もし学生さんの中からそういう風な質問のおありの方であれば……

(手が上がる)

では一番奥の眼鏡の方

眼鏡の男性

すいません、先ほど土佐先生が学生にもっとアートをやって欲しいっていうことでおっしゃられましたけれども、たとえばアートをやるってなったときに、どうやってアートを僕ら学生がやっていくかってなったとき、たとえば場所がないだとか、さっきも今PARASOPHIA(京都国際現代芸術祭)で色々やってるんですけど、そうやって作品を作るのにあたって作品というのは芸術作品でなくても科学の成果なり学問の成果なりっていうのも確かに作品、芸術作品として一つ捕らえられるのかもしれないです。
ですが、実際そうやって僕らがアートに対して活動していく場がない。ここでのアートっていうのがどういう風に定義されているのかっていうのがまだ明確じゃないので、ちょっと芸術作品としてのアートってことを言っているのかわかんないんですけど、とりあえず僕ら学生側としては、大学の方にもっとアートな京大っていうことで目指していただくのであれば、僕らも活動できる場が欲しいと考えるんですね。
だから、土佐先生山極先生の、京大の先生としてのどういう風にアートな京大を作っていきたいかっていうことと、あと千三郎さんの京大の外から見た、古典芸能的な立場から京大にどういう風にアートな大学になって欲しいかって言うのを伺いたいのですが、最後になってしまって申し訳ないです。

土佐

まずアートって何っていうことをもう一度話したいと思うんですが、話してなかったのかもしれないですが、アートって場を与えられてやるもんじゃないんですよ。
表現せざるをえないような心の中のものがあって出てくるんですよ。それが第一。場所があるからアートやれるとか公園があるから講演で遊ぶとか、そういう話ではなくてですね、表現せざるをえないようなものっていうのがまずあるっていうのがやっぱり第一の発端じゃないかなって思うんですよね。
まずそういうのを持っていただきたい。自分の中で表現したい。これだ、これを見せたい。これを人に伝えたいっていうようなものを、自分の心に問うて欲しい。それが一番重要なことだと思うんですよね。これがなければ、場があっても、活性化しない。
それから第二に必要なことは、仲間を見つけること。一人ではできないですよアートって。私も二十代の頃結構生意気なところがあって、やっぱり様々なことを人より率先してやりたいと思ったから、いろんなチャンスを見つけようとしたんだけれども、やはり仲間が要るんですよね。切磋琢磨する仲間が要る。研究もそうだと思うんですけども。ライヴァルと言っても良いかもしれない、ある意味。そういった仲間と一緒に色々切磋琢磨して、こういう運動をするっていうような、アートって言うのは一つのムーヴメントでもあるんですよね。美術史を辿ってみても、たとえば立体派とか超現実主義とか、いろんなものがあって代表的な人がそこにいるわけだけれども、そういう風な仲間がいるということ、そういうことが必要。そういったものが同時にあったとして、たとえば芸術系の具体的な組織についてはですね、まあ山極先生がおっしゃっていただくと思うので、私はあまり言わないことにしますけれども。
まず君達の心構えとしてはそれが欲しい。京大のいいところは、普通の単科大学の美大と違って、私自身も美術大学の映像学科で十年くらい教えてたんですけど、他の学部の人とすぐ話すことができるんですね。ですから、今日のテーマである境界を乗り越えること、境界を越えてみることっていうのがわりとやりやすいんですね。同じ歳の仲間がそこにいる。だから学部を越えた人達で何か新しいことを一緒にディスカッションして、じゃあ一緒にこういうの作ってみようよっていうことが出てきやすい環境にある、そういうのを活用してほしいっていうのがあります。
勿論美術クラブだとか演劇だとか能だとかクラブがありますよね、京大には。その中で、それとはまた別に、新しい形で、横断的な学部を越えた形の、まあ大学院になるか学部になるかはわかりませんが、そういったものが建って、多分大学院かなあと思うんですが、そういった何かしらの組織のができることを我々ちょっと考えているんですが、山極先生どうでしょうか

山極

僕は最初に言ったように、なんかおもろいことを京都大学でやりましょうっていう風に提案をしました。
で、おもろいことっていうのはちょっと抽象的な表現だから、おもろいことの中にアートっていうのがあるだろうって最初にあるだろうって言いましたよね。アートっていうのは見えないものを形にすること。そういう作業を通じてこれまでひしめいていた分野の境界というものをできれば楽しく乗り越えて、新しい発想をみんなで語り合う、そういう大学にしたいな、それがアートな大学を目指してっていうことなんですね。
土佐さんがおっしゃったように、場所があらかじめ与えられてあるからこういうものを制作するってものが生まれてくるのではない。気持ちなんですよね。それを言い合う人達が増えてくれば、当然のことながら、それを一つの形にしましょう、組織にしましょうっていうムーヴメントも生まれてくるはずだし、それが必然性を持てばそれは学問として手を出してくるのかもしれない。それをなるべく早いうちに見定めたいなという気持ちは僕にはあります。
京都大学の外にもたくさんのアート系の大学があります。あるいは、アート系の組織があります。京都は芸能の都でもありますからね。そういう人達とのコラボをしながら、一体おもろいこと、アートってのはなんやっていうのを、少しずつ京都大学に取り入れながら、何か新しい動きができないかなあと今は思っているところです。千三郎さん外から見てどうですか。

茂山

すごく難しい質問でございますが、外から見てて京都大学がやっぱり羨ましいのは何でもエキスパートがいらっしゃることだと思うんですね。何か調べたいな、何か聞きたいなって思ったらすべてエキスパートの先生がいらっしゃる。で、今土佐先生のおっしゃった通り、何もないところからアートっていうのは確かにできないと思うんですね。
何か自分の中で発見して、この点をこの点をつなぐことによって何かができるんではないかなと。今回の山極先生と狂言師っていうものがくっついてゴリラ楽っていうのが生まれたのと同じように、何か火花を散らして同じものができあがっていくっていうのがまず最初だと思うんですね。それをどういう風につないでいくのかっていうのは、こんな年寄りの頭じゃなく若い人達の発想と、これとこれとつながったらどうなるんだろうなっていうところを貪欲に見つけてそれをつないでいくということができる、そういう大学ではないかなという風に思います。僕が狂言をずっとやってて一つだけ今感じているのは、狂言ってできあがって六百年、六百二十年くらいだと思うんですね。その頃、狂言ができた頃の人間っていうのは現代の人達にすごく近いと思うんですね。
たとえば、男と女の関係とか、歌を読みあって恋愛をしていたのが今メールを読みあって恋愛をしたりとか。あるいは、主従の関係・下克上の社会、そういったものが今の世の中にも混沌としていて、江戸文化みたいなものがあるんですけれど。もうその六百年前の平安ってことを考えるとなんか京都に六百年ごとに回帰してるって僕は感じるんです。
ですからこの時代に、東大じゃなくて京大が、何かの文化を作らなきゃ駄目なんじゃないかなと私はそういう風に命令形で(笑)、作り出してくださいっていう風にお願いしたいと思います。

山極

大変重く受け止めさせていただきます(笑)。

司会

まだ質問のおありの方もいらっしゃると思いますが、もう八時十分過ぎましたので、非常に申し訳ございませんがちょっとここで打ち切らせていただきたい。やっぱりちょっと最後質疑応答形式になってしまったのは最後司会の私の責任かなあと。もう少し議論形式でこちらからも問いかけて、お三人からも問いかけてという形にしたかったなあと思うんですが次回は是非そういう風な形にしていきたいと思います。それではですね、今日はちょっと司会の不手際もございましたけれど、私としてはみなさんに楽しんでいただけたんじゃないかなあという風に思います。これから二回三回と、今日の議論を元にアートな京大にしていくための議論を続けていきたいと思います。それでは本日はどうもありがとうございました。

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