第67回 京都大学品川セミナー「世界の森に霊長類を探る」
世界の森に霊長類を探る 湯本 貴和(霊長類研究所 副所長・教授)
霊長類はヒトを含めたサルの仲間で、現在約350種がおもに熱帯、亜熱帯に生息しています。人間以外の霊長類のうち、ニホンザルはもっとも北に住む種であり、本州北部や九州高地では落葉樹林帯に生息するスノー・モンキーとして世界に知られており、冬季には樹皮や冬芽などを食べています。標高3500m以上の針葉樹林に住むウンナンシシバナザルは、世界でもっとも標高の高い地域に生息するサルで、地衣類であるサルオガセを食べて生活するなど特異な生態をもっています。しかし、霊長類の多くは常緑の森林に住んでいて、樹木の葉や果実を中心とした雑食性です。
多くの霊長類は、果実が大好物です。アフリカの熱帯林に住むチンパンジーやボノボ、東南アジアの熱帯林に住むオランウータンやテナガザルは果実を好んで食べます。チンパンジーと同じ熱帯林に住むゴリラも、熟した果実が豊富な季節は果実を好みます。しかし、果実が乏しい季節になると、チンパンジーは遠くまで果実を探しに行きますが、ゴリラは林床に生える草本に食物をシフトさせます。この草本食が常態化してコンゴ盆地東端の山岳地帯でアザミやイラクサを食べて暮らすのがマウンテンゴリラです。
以前ヤクシマザルを追跡していたころ、サルは次から次へ違った食物を探すことを知りました。霊長類は朝起きてから夜寝るまで、移動する、食べる、休息するという行動を繰り返します。6月にはサルの大好きなヤマモモが実ります。ヤマモモは甘くて、人間にとってもおいしい果実です。サルはヤマモモだけを食べるかというと、そうではありません。移動するたびに、葉を食べ、昆虫を拾い喰いして、わざわざヤマモモの果実以外を食べようとしているようにみえます。
なぜ、好物だけを食べ続けないのでしょうか。誰でも考える説明は、栄養を万遍なく摂る「栄養バランス説」でしょう。しかし、パンダはササばかり食べるし、コアラは特定のユーカリノキの葉しか食べません。基本的に動物は偏食なのです。その限られた食べ物で栄養が賄えるような代謝系と腸内細菌叢が備わっているのです。しかし多くの霊長類、そして私たちヒトは、さまざまな栄養素を直接摂り入れなくてはならないようです。
植物に含まれている毒を摂りすぎないためだという「毒蓄積回避説」もあります。もともと野生の植物は、動物に食べられないために化学物質、すなわち毒で武装しています。草本では強毒をもつものがいますが、樹木ではタンニンやフェノール類のように、同じ成分を多量に摂取すると症状が現れるタイプの毒をもつものが多いようです。具合が悪くなるほど毒がたまらないように、同じメニューを避けるという説は妥当な気がします。
しかも、ヒトは毒を加減して用いることによって、病原体や寄生虫と闘う薬として利用しています。ほとんどの人間社会は、独自の薬学をもっています。長い自然との付き合いの歴史のなかで、身の回りの植物から薬効のあるものを選び、病状に合わせた処方箋を伝えているのです。薬用植物を利用するのは、ヒトだけではありません。チンパンジーは、体調の悪いときに特定の植物の髄をしがんで苦い汁を飲んだり、体内寄生虫を駆除するために表面のざらざらした葉を飲み込んだりといった行動が知られています。
このように世界の霊長類をその食べ物と生息場所を中心にみていくことで、私たち人間の食生活などについて新しい示唆が得られるのではないかと研究を行っています。その際にフィールドワークだけではなく、味覚や嗅覚など感覚受容体、あるいは腸内細菌叢について、ゲノムサイエンスとの共同研究が今後ますます重要になってくると考えています。
講義詳細
- 年度
- 2015年度
- 開催日
- 2015年12月04日
- 開講部局名
- 霊長類研究所
- 使用言語
- 日本語
- 教員/講師名
- 湯本 貴和(霊長類研究所 副所長・教授)
- 開催場所
- 京都大学東京オフィス