入試勉強でいくら物理が得意だったといっても,そのまんまの学力,あるいは急速に退化してしまった思考力で大学の単位を取ろうというのは,ちょっと寂しすぎる。

1.ジュール-トムソンの実験において,1モルの理想気体が,温度 \(T_1\) ,圧力 \(P_1\) に保たれている左室から,圧力 \(P_2 \ (P_2<P_1) \)に保たれている右室に,きわめてゆっくりと断熱的に噴出したとする。
(1)右のようなP-V図(省略,下の解答の左の図で△印のないもの)を解答用紙に描き,右室に噴出した後の1モルの気体の状態を表す位置を,まず根拠を述べた上で,図中に△印で示せ。○で示された初期状態や等温線(実線),断熱線(破線)との相対位置関係(左か右か上か下か等)が示されておればよい。[20]

ジュール・トムソンの実験ではエンタルピーが一定に保たれる。理想気体のエンタルピーは温度だけで決まるから,等エンタルピー変化では温度は不変。したがって終状態を表す位置は等温線上で \(P = P2\) の点である。(左図の△点)

解説:P-V図中に描かれた断熱線は,温度,圧力が一様に保たれながら変化する(狭義の)準静的断熱変化を示すものであって,今のように部分的に圧力が異なる断熱変化は準静的であってもこの図中に1本の連続曲線で描くことは不可能なのである。これは講義で何度も強調した。もちろん,実線で描かれた等温線上をたどるのでもない。しいて描くとしたら,右の図のように,同時進行する圧力 \(P_1\) , \(P_2\) の2本の水平な直線(矢印)で表される。
なお「ジュール・トムソン過程では温度が下がる」とした解答が何人かあったが,実在気体では温度によって温度が下がることも上がることもあり,その境目が逆転温度である。

(注)物理量が全域で一様ではなくても,系の各部分は平衡状態とみなせるような状態を局所平衡という。局所平衡を保ちながら変化する場合を(広義で)準静的変化と呼んでいる場合もある。この場合は準静的変化であっても不可逆である。

(2)この変化において,1モルの気体になされた仕事を求めよ。また,これを(1)の図中に示せ。ただし,図示が不可能(解答者にとって不能という意味ではなく,原理的に不可能という意味)な場合は,その理由を述べ,無理に図示する必要はない。[20]

理想気体では,温度が不変なら内部エネルギーも変化はなく,断熱変化( \(Q=0\) )であるから第一法則より仕事も0でなければならず,これを図中に示すことは不可能である。

解説:終状態は始状態と同じ等温線上であるが,この変化は等温曲線上をたどるわけではないので,等温線の下に囲まれた面積で仕事が表されるのではない。右図の2本の矢印の下に囲まれた長方形の面積の差 \( P_1V_1 – P_2V_2 \) が,気体が受け取った仕事である。断熱変化であるから,この仕事の差が内部エネルギーの増加量となり,\( U_2 – U_1 = P_1V_1 – P_2V_2\) ,したがって \( U_1 + P_1V_1 = U_2 + P_2V_2\) ,すなわち \( H_1 = H_2\) で,等エンタルピー変化であることがわかる。したがって理想気体の場合は温度は不変,さらに内部エネルギーも不変である。

(3)同様にエントロピー変化量 \(ΔS\)を計算せよ。必要ならモル気体定数を \(R\) とせよ。[20]
[ヒント: \(ΔS=0\) なら可逆変化になってしまいますょ。ワナにかからないように!]

代わりに(圧力を一様に保った)準静的等温膨張で圧力を \(P_2\) まで変えた場合を考えてエントロピー変化を計算すればよい。等エンタルピー変化だから \(\mathrm{d}H = T\mathrm{d}S + V\mathrm{d}P = 0\) より \(\mathrm{d}S = -(V/T)\mathrm{d}P = -(R/P)\mathrm{d}P\) ,積分して \(ΔS = -R [\log P_2 – \log P_1] = R \log(P_1/P_2)\) 。

これはボイルの法則を使えば断熱自由膨張の場合のエントロピー変化と同じであことがわかる。\(P_1 \gt P_2 \) ならば,やはり正であって,この変化が不可逆であることを示している。

2.室外の気温が \(T_1\) のとき,ヒートポンプ型の暖房機が働いて室内温度が \(T_2\ (T_2 \gt T_1)\) に保たれている。暖房機の消費電力Wと室内に単位時間当たりに供給されている熱量Qの間に成り立つ関係(特にQの上限と下限)を論じよ。暖房機は,低温の室外から正の熱を受け取る一般的なサイクルであって,決して可逆サイクルではない。[20]

このサイクルに室外から取り込まれる熱を \(Q’\) とすれば,熱力学第一法則により \( Q = W+Q’ \gt W \) ( \(Q’\) は正であると文中に書いてある。)これが下限を与えるが,これで分かるように効率は \(Q/W \gt 1\) である。(電熱線を用いたヒーターでは1)上限はクラウジウスの不等式を適用して,
\(Q’/T_1 + (-Q)/T_2 = (Q-W)/T_1 + (-Q)/T_2 \lt 0\) より, \(Q \lt [T_2/(T_2-T_1)] W\) 。

普通この上限はWの20〜30倍になる。例えば \(T_1=10\mbox{℃}=283K,T_2=20\mbox{℃}=293\mbox{K}\) では,\(Q/W \lt 29\) 。

3.
(1)断面が円形で,その周長が10mm,長さが1mのまっすぐな電熱線に100Vの電源をつなぎ電流を流し続けて定常に達したとき,電流は25A,電熱線の表面温度が1450Kであった。
(2)太陽の表面温度はおよそ5800K,太陽-地球間の距離は太陽半径のおよそ200倍である。
この2つの事実から,地表で太陽光に垂直に置かれた面積1m2の太陽電池が受け取る放射 エネルギーは何ワットくらいになるかを計算せよ。結果の数値だけ書いたものは解答として無効である。[20]

シュテファン・ボルツマン係数をσする。導線の表面積は0.01m2だから, \(0.01 \times σ \times 1450^4 = 100 \times 25 = 2500\mbox{[W]}\) 。太陽は,表面積を \(4πR^2\) とすると,全放射エネルギー量は単位時間あたり \(4πR^2 \times σ \times 5800^4\) ,ここから \(200R\) 離れた地球上の1m2あたりでは,これの \(4π(200R)^2\) 分の1 になる。
以上より, \(σ\) と \(R\) の値は分からなくても消去できて,結果は \(1600\mbox{[W]}\) 。

[参考資料]省略するが,エンタルピーの定義, \(1/x\) の不定積分,クラウジウスの不等式,シュテファン・ボルツマンの \(T^4\) 法則の式など,必要とする公式はすべて書かれていた。
なおジュール・トムソンの実験は,等エンタルピー圧力変化において温度変化があるかどうか, \(μ = (∂T/∂P)_H\)  を測定しようとした実験である。理想気体では,このジュール・トムソン係数が0であることは,講義に出ていなくても前期の問題を研究すればわかったはずである。
だから,前期の問題を見ていた人はこの問題は楽勝?(とはいかないところが悲しいね。)

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