この講義(したがって試験も)は今年で最後でした。したがって前の晩に1時間半くらいだけでも勉強してもらえば,必ず合格できるように配慮してありました。

1. 1モルの理想気体が断熱自由膨張し、体積が2倍になって新たな熱平衡に達したときの、エントロピー変化量 \(\Delta S\) を計算せよ。この変化は可逆変化か?非可逆変化か?理由を述べよ。

エントロピーの計算をするために、同じ終状態に達する準静的等温膨張を考えると、
\(T\mathrm{d}S=\mathrm{d}U+P\mathrm{d}V\) において、ジュールの法則により \(\mathrm{d}U=0\) 、ボイルの法則により \(P=RT/V\)
したがって \(\mathrm{d}S=R\mathrm{d}V/V\)
これを \(V\) から \(2V\) まで積分して \(\Delta S=R[\log 2V – \log V]=R\log 2 \gt 0\)
断熱系でエントロピーが増大しているから、非可逆である。

別の準静的過程を用いて計算したことを、必ず言及してほしい。

2. 太陽と地球の間の距離は、太陽の半径の \(200\) 倍、太陽の表面温度は \(5800\mathrm{[K]}\) である。熱放射だけで地球の平均温度が決まるとして、地球の平均温度はセ氏何度くらいになると予想できるか? [ヒント:ここに書かれた量以外は不要である。]

太陽の半径を \(R\) 、地球と太陽の距離を \(D\) 、地球の半径を \(a\) 、太陽と地球の温度を \(T_1, T_2\) 、シュテファン−ボルツマン係数を \(σ\) とすると、太陽は単位時間あたり \(4πR^2σ{T_1}^4\) のエネルギーを周りに等方的に放射しており、地球はこのうち \((πa^2/4πD^2)\) を断面積で受けとる。更に地球自身は表面積から単位時間あたり \(4πa^2σ{T_2}^4\) のエネルギーを周りに等方的に放射してエネルギーバランスが成り立っているとすると、
\[
4πR^2σ{T_1}^4 \times (πa^2/4πD^2)=4πa^2σ{T_2}^4
\]
したがって、 \((T_2/T_1)^4=(1/4)(R/D)^2=/160000,\,T_2/T_1=1/20\) 、
以上より \(T_2=T_1/20=290\mathrm{[K]}=17\mathrm{℃}\)

3. 理想気体に限らず一般の熱力学系で以下のことが言えることを,熱力学の基本原理に照らして,それぞれ各50〜100字程度で簡潔に説明せよ。
(1) \(P-V\) 平面上に描かれた準静断熱過程を表す曲線は閉じたループを描かない。
(2) 同じく準静等温過程を表す曲線は閉じたループを描かない。
(3) 同一の準静サイクルを表す \(P-V\) 平面上および \(T-S\) 平面上の閉じたループのそれぞれが囲む面積は相等しい。

(1) このループを右回りに回れば,熱を受けとることなく正の仕事をする第一種永久機関が実現する。
(2) このループを右回りに回れば,一つの熱源から熱を受け取り正の仕事をする第二種永久機関が実現する。
(3) サイクルを一周すれば状態量であるエネルギーは元に戻るから
\[
0=\oint_C \mathrm{d}U =\oint_C [ T\mathrm{d}S-P\mathrm{d}V ] =\oint_C T\mathrm{d}S – \oint_C P\mathrm{d}V \qquad したがって \oint_C T\mathrm{d}S = \oint_C P\mathrm{d}V
\]
「理想気体では,断熱過程は \(PV^γ = 一定\) ,等温過程は \(PV = 一定\) ,これらの曲線は単調関数ゆえ閉じたループを描くことはない」 という解答は,高校生当時の思考力のままですね。問題設定からして論外。
「平面上の閉曲線なら必ず勾配 \(\mathrm{d}P/\mathrm{d}V\) が正の部分を持ち,圧縮率が負になってしまうから,閉曲線になることはない」 これはかなり頭を使った形跡がうかがえる予想外のしゃれた答えだったが,設問では 「なめらかな閉曲線」 とことわってはいない。「もし閉曲線にとがった点,すなわち2本の等温(または断熱)曲線が交わる点があったとすると,この点において等温(または断熱)圧縮率が2つの値を持つことになるから,ここではなめらかな閉曲線だけを考えればよい。云々」と論を進めてもらっていたら,正解としなければならなかった。
「(3) サイクルだから \(\mathrm{d}U=T\mathrm{d}S-P\mathrm{d}V=0\) ゆえ \(T\mathrm{d}S=P\mathrm{d}V\) 」 これはダメです。

4. 常磁性体の熱力学では、磁場の強さを \(H\) 、磁化密度を \(M\) として、気体の熱力学における仕事 \(-P\mathrm{d}V\) を、 \(H\mathrm{d}M\) に置き換えて考えればよい。[ここでは、 \(H\) はエンタルピーではないことに注意。]
(i) 磁化密度 \(M\) が、\(M = f (H/T)\) の形で与えられる場合には、内部エネルギー \(U\) は温度 \(T\) だけで決まること、すなわち以下の式が成り立つことを示せ。[ヒント:Maxwell関係式]
\[
(∂U/∂M)_T = 0 \quad [ヒント:\ \mathrm{d}U = T\mathrm{d}S + H\mathrm{d}M,\,\mathrm{d}F = -S\mathrm{d}T + H\mathrm{d}M ]
\]
(ii) 以下の関係式を導け。 \(C_H\) は \(H\) を一定に保つときの比熱である。
\[
(∂T/∂H)_S = -(T/C_H)(∂M/∂T)_H \quad [ヒント:\ \mathrm{d}S = (∂S/∂T)_H \mathrm{d}T + (∂S/∂H)_T \mathrm{d}H ]
\]
(iii)磁場一定のとき磁化密度は温度が高いほど小さいことから、(ii)により、(ii)の左辺の量は正となる。この量が正であることを、下線部のように物理的な現象(性質)を表す言葉で表現せよ。

(i) \(\mathrm{d}U = T\mathrm{d}S + H\mathrm{d}M\) より \((∂U/∂M)_T = T(∂S/∂M)_T + H\)
\(F = U – TS\) に対して
\(\mathrm{d}F = -S\mathrm{d}T + H\mathrm{d}M\) より \((∂S/∂M)_T = -(∂H/∂T)_M\) (Maxwell関係式)
したがって \((∂U/∂M)_T = -T(∂H/∂T)_M + H = -T^2(∂(H/T)/∂T)_M = 0\)
(ii) ヒントの式=0 とおいて比をとれば \((∂T/∂H)_S = -(∂S/∂H)_T/(∂S/∂T)_H\)
比熱の定義から \((∂S/∂T)_H = C_H/T\)
また \(G=U-TS-HM\) に対して
\(\mathrm{d}G = -S\mathrm{d}T – M\mathrm{d}H\) より \((∂S/∂H)_T = (∂M/∂T)_H\) (Maxwell関係式)
以上より \((∂T/∂H)_S = -(T/C_H)(∂M/∂T)_H\)
(iii) 「断熱的に磁場を減じると温度が下がる。」(断熱消磁法)

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