[mathjax] 学生なら,もちょっと脳ミソを鍛え,少しはインテリジェンスの見える答案を書くべし!髪だけ黄金色に輝いていても,中身がカラッポになってしまったんでは役に立たないよ。 1.「一つの熱源から得られた(正の)熱を用いて熱源の温度より高い温度の状態を得ることは,不可能である」(『某氏の原理』?)について論じよ。(100〜200字程度) わざわざ『某氏の原理』とし「?」を付けたように,この文は疑わしいのである。そのことに気が付いて「この文では不十分でなんとも言いようがないが...」と断って書き始めてくれた回答者は80名中1名だけであった。ご丁寧に「これ間違っていませんか?」と指摘してくれた答案もあった。この場合は 「他に何の変化も残さずに...」 を付け加えるべき旨を一言,書いておいてもらえば十分,あとは自由作文である。さらに「この文のままなら不可能ではなく可能」という実例をあげてくれたら,これだけでも満点をつけたいところである。 「この熱を使って発電し電気エネルギーとして溜めておいて一気に放電すれば,いくらでも高温が得られますよ」 のようにね。 要するに,講義で何度も強調したように,熱力学第二法則に現れる「クラウジウスの原理」「トムソン(ケルビン)の原理」の内容を「正確に理解してほしい」ということである。生身の人間が声を涸らして行う講義には,そういう意義があるのである。 2.温度が \(T_1, T_2\) の二つの物体を接触させたとき (i) 最終温度はいくらになるか? (ii)最終状態では最初の状態に比べてエントロピーはどれだけ増えているか? 題意の本質を損なわない範囲で議論を簡単にするための適当な条件を設定し,(i)(ii)それぞれ導出の根拠を明解に論じて求めよ。小学生みたいな平均値の計算式などを書い ただけでは不可。 (i) 簡単のため熱容量は等しくCで定数とし,最終温度をTfとする。(できれば「全体として孤立系であるならば」の一言も欲しいが)熱力学第一法則(またはエネルギー保存則)により \[ C(T_1 - T_f) + C(T_2 - T_f) = 0 \qquad ∴T_f = (T_1 + T_2) / 2 \] 式の行だけ書いたもの10%,さすがに熱容量のことだけは断ったものが80%,残りは論外。わざわざこんな失礼なことを,難関をくぐってきたらしい京大生に問うことの裏を読みとれないほど,京大生はお人好しが揃っているのかと思いたくなる。昔「水の沸点とは何か?」という問いに対する答案でも同じ感想を持ったことがあった。仕方がないから,恥を承知で「小学生云々」のくだりを付け加えていることを理解してほしい。 この式が書き下せるということは,「熱に関しても特別な条件の場合にはエネルギー保存則が成り立つ」ということをわかっているからに違いないのであるが,それでもこの式を書く以上は,わざわざ「根拠を論じて」と指示されたら,せめて「熱力学第一法則により」の一言だけは書いてほしい。大げさに言えば「自分の論理思考の筋道を正確に要領よく他人に伝える能力」を鍛えてもらうことを期待しているのである。 それにしても,小学生でも書けるこの結果の式だけ書くことを潔しとしない,誇り高き白紙答案が1割近く,しかも3,4回生に多いことは嬉しい。少なくとも彼らだけは,出題の意図を正確に理解できるだけの,さすが大学生としての3年間,4年間を無駄に過ごしてはこなかった,大人の進歩がうかがえるからである。正直なところ,そのことが何らかの形で表現されておれば,こちらの方こそ評価してあげたいと思うことがあるが,「情報量ゼロ」の白紙ではいかんともしがたい。 (ii) それぞれを別々に \(T_f\) まで準静的に温度変化させてから合体させる,別の準静的過程を考えてエントロピー変化量を計算する 旨のことが書かれていれば,たとえ \(\int \mathrm{d}T/T\) の積分ができなくても,8割方は評価したい。これも講義で繰り返し強調してきたことである。あとは \(\mathrm{d'}Q = C \mathrm{d}T\) より \[ \Delta S_i = \int \mathrm{d'}Q/T = C \int^{T_f}_{T_i} \mathrm{d}T/T = C [\log T_f - \log T_i] = C \log(T_f/T_i) \] よって \[ \Delta S = \Delta S_1 + \Delta S_2 = C \log (T_f^2 / T_1 T_2) \gt 0 \] それにしても,この「 \(1/x\) の積分」や次問に出てくる「 \(1/x\) の微分」まで参考資料として書いておかなくてはならないのであろうか? 3.温度 \(T\),圧力 \(P\) の理想気体の      熱膨張率 \(β\),等温圧縮率 \(κ\),断熱圧縮率 \(κ_{ad}\),ジュール-トムソン係数 \(μ\) を求めよ。ただしモル気体定数を \(R\) とし,比熱比 \(C_P / C_V\) は定数 \(γ\) であるとしてよい。 これは殆ど計算力だけを期待した,なんとか0でない有限の点をとってもらうための問題。 「不勉強で初めてお目にかかった」(A君)にしても 「率」がつくから微分だな,圧縮率なら圧力を変えて圧縮したときの変化率だろう くらいの国語力の機転,数学の基礎的常識くらいは高校生でも持ち合わせている。もう少し貪欲であれば,思考回路は必ずその方向に働くはずである。 あとは導関数を元の体積 \(V\) で割ってなくても(例えば \(β=(1/V) (∂V/∂T)_P\) の分母の \(V\) ),あるいは等温圧縮率 \(κ=−(1/V) (∂V/∂P)_T\) の負符号を忘れても,それっくらいのことはサービスしておこうってもんだ。しかしながら,その先      理想気体の状態方程式 \(V = RT/P\) の右辺を \(T\) あるいは \(P\) で微分する 特に後者の「 \(1/x\) の微分」が正確にできない学生が見かけられる(しかも高学年に!)ことは・嬉・し・く・な・い。こちらは,明らかに大学入学時よりも確実に退化しているからだ。工学部の学生が,おそらく大学に入ってから一度も \(1/x\) の微分計算をやらずに進級できているなんて信じがたいことである。 あとの二つについては,解答に必要なことは「参考資料」に全部書かれているのであるが,せめて得意な受験勉強式に公式[ \(κ_{ad} / κ = C_V / C_P\) や,理想気体では \((∂H/∂P)_T = 0 \) など]を丸暗記してきたら通用する問題もこうしてちゃんと混ぜてあるのだ。やっかいな計算をしてくれなくても,上の[ ]の中の後半を使って      理想気体ではエンタルピーは温度だけで決まる(そうだ)から,等エンタルピー変化( \(H = 一定\) )では温度不変,したがって \(μ=(∂T/∂P)_H = 0 \) で,この場合の解答としては十分である。 \(μ\) の定義「 \((∂T/∂P)_H \)  」は「参考資料」に書かれている。これが『 \(H\) を一定に保ちながら,圧力 \(P\) を変えたときの温度 \(T\) の変化率』を表すこと,これだけは「熱力学」と称する教科書なら必ず書いてあるし,第一回目の講義で繰り返し強調する表記法である。これも知らずに「熱力学」の単位をとろうというのは,ちょっと厚かましすぎるので、あきらめてほしい。 この場合は「計算するまでもなく \(μ=0\) 」も気が利いている。よしとせざるを得ない。解答者と採点者のコミュニケーションをはかる最小限度の意志が読みとれるからである。たとえこれが「悪魔の啓示」によるものであっても,苦しまぎれに単に「0」あるいは「 \(μ=0\)」の3文字だけ写してすますのはあまりにも芸がなさ過ぎる。このような「大人のごまかし」も時には有効なのだ。私の趣味としては,このようなトリビアルな問いに対しては無言の抵抗,または屈辱の怒りのこめられた黒々とした「」1文字の解答も好きであるが。 4.流動性のない,熱伝導度 \(η\) (定数)の物質でできた半径 \(R\) の球体がある。球の内部の至る所で単位時間・単位体積あたり \(q\) のわりあいで一様な熱(正確には内部エネルギー)が生成されており,表面から熱放射することにより定常状態に達しているとする。定常状態における球全体(あるいは各部)のエネルギー収支を考察するとことにより, (1)球体の表面温度 \(T\) を決定する式を求めよ。 (2)球の中心における温度 \(T_0\) は,表面温度 \(T\) に比べてどれだけ高い(または低い)か? これは「成人向け」のオマケ。さすがに高学年の人は,こういうのは少しは手を付けてくれる。 球全体として単位時間に \(4πR^3 q/3\) のエネルギーが発生しており,これが表面から単位時間・単位面積あたり \(J = σT^4\) の割合で放射(「参考資料」の公式)されて釣り合っているから,次式で表面温度が決まる: \[ 4πR^3 q/3 = 4πR^2 σT^4 \quad ∴T^4 = qR/3σ \quad \mbox{( \(σ\) はシュテファン-ボルツマン係数)} \] 同様に半径 \(r( \lt R)\) の部分球では,その内部での熱発生量は,その球の表面から熱伝導で出ていく熱流と釣り合っているから,その表面での温度勾配を \( \mathrm{d}T/\mathrm{d}r \) として,「参考資料」にある熱流の式より (熱流は温度勾配の逆方向だから−符号がつくことに注意) \[ 4πr^3 q/3 = −4πr^2 η(\mathrm{d}T/\mathrm{d}r) \quad ∴ \mathrm{d}T/\mathrm{d}r = −(q/3η)r \] これを \(r=0\) から \(r=R\) まで積分して \[ T−T_0 = −(q/6η)R^2 \] 1回生でも解答を見れば理解出来よう。後者は,電荷が一様に詰められた球の内部の電位,あるいは質量が一様に分布しているとした場合の地球内部の位置エネルギーを求める問題と等価である。 現象に則して微分方程式を導き,これを解く,あるいは等価な問題との類似性を利用する,という物理学でよく用いられる方法に慣れてほしい。
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