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第1回「京大おもろトーク:アートな京大を目指して」 『垣根を越えてみまひょか?』 第1回「京大おもろトーク:アートな京大を目指して」 『垣根を越えてみまひょか?』
2015年4月24日(金)

司会:中津良平先生(以降敬称略、司会)
パネリスト:京都大学総長 山極壽一氏(以降敬称略、山極)
大蔵流狂言師 茂山千三郎氏(以降敬称略、茂山)
アーティスト・京都大学高等教育研究開発推進センター教授 土佐尚子氏(以降敬称略、土佐)
山極
千三郎さんね。日本の伝統的な芸能、特に能や狂言はその代表的なものですけども。それぞれに伝来の型がありますよね。
茂山
そうですね、はい。
山極
あるいはその、それぞれ決まったストーリーが
茂山
はい、はい。
山極
その演じ分け方というものを、ずっと引き継いできていると思うんですけども。
茂山
はい。
山極
そこにやはり自分としてオリジナリティを加えようという努力はあると思うんですよね。
茂山
はい、ありますね。最初はその父から習うこと、師匠から習ったことを、当然やるわけですよね。で、師匠というのは結局何を教えるかというと、たとえば野球で言うと、直球しか教えないんですよ。ところがその師匠は、舞台上で変化球いっぱい投げてるわけですよ。父なんか、千作なんか、ずっと変化球ばっかり投げてたんですけれども(笑)。でも、これは真似すると叱られることなんですよね。まっすぐ直球というものを教えられ、それを舞台で表現をしていって、いつの間にか自分で変化球というものを覚えてやっていくんだと思うんです。
そこには、今先ほどお話があった通りですね、二度と同じもの、同じ舞台ができないっていうことだと思うんですけれども。よくうちの家で言うならば、二人とも亡くなったんですけれども、千作と千之丞という兄弟がいました。この千作っていうのはアーティストでした。つまり、同じ舞台は二度と見られないんですよ。ところが、千之丞はね、職人だったんですよ。この職人さんっていうのは、同じ舞台に突き詰めてすごくおなじ舞台をしようとする職人技っていうものを感じる人だったので、ここはアーティストと職人というのがやっぱりいるんではないかなっていう風に思いますね。
茂山千三郎氏
山極
すると、やっぱりアーティストは人の真似をしたらいかんの?
土佐
そういうことに世の中的にはなっているんですけど(笑)、今ちょっと思ったんですけどオリジナリティーのことでこういうことを言わなきゃいけないと思いました。現代美術、というか美術じゃなくてもそうなんですけど、発明ってみんなそうなのかなって思うんですけど、オリジナルがまったく無から生まれることってありえないと思うんですよね。
で、じゃあオリジナルってどこから生まれるのってなると、連想力でですよね。それが、誰もが気づく連想力ではなくて、すごい遠いところのものと遠いところのものを繋げたときにまったく予期しなかったことが起こる。これが現代で言われているようなクリエイティビティーとか創造性とか、まあオリジナリティーという人もいるんですが、そういうことじゃないのかなと思います。
山極
京大もね、その独創性というのを売り物にしてきました。それを歴代の総長が連呼するものだから。ここにも元総長いらっしゃいますよね(笑)。結構それを重荷に感じている学生達も多いんじゃないかというのはちょっと気になっていたんですけど。
独創性っていうのは今土佐さんがおっしゃったように、いろんなものと異質なものが出会うところに生まれる可能性が高いですね。でも、それをちょっとひねくれて受け入れる気持ちを持っていないと、それは真似になっちゃうんですよね。ちょっと反発心があり、先回りをしてやろうという野心もあり、っていうところで、新しい発想がせめぎあって出てくるということもあると思います。
狂言でもね、千三郎さんはほら、たくさんの兄弟や親族がいらっしゃるわけですよね。それぞれにやはり大蔵狂言を受け継いでやっておられる訳ですけど、その間の競争とか切磋琢磨とかやっぱりあるものなんですか?
茂山
そうですね、家……っていうね、茂山千五郎家という家なんですけども、日本にその狂言をする家っていうのはたくさんありまして。東京であれば野村家とか、山本家であったりとか、大蔵家、いろんな家があるんですが。
その茂山千五郎家っていうのは、日本で一番自由な家なんですね。東京の方には、山本東次郎家っていう一番堅い家があって、同じ大蔵流なんですが、全然違う狂言をします。で、大蔵流の中で山本東次郎家のすごいところは、みんなが山本東次郎家の狂言をするんですよ。ところが、茂山千五郎家の狂言は、みんなバラバラなんですね(笑)。それぞれの個性なんですよ。ところが、同じ舞台に立って同じようにやると、それは茂山千五郎家の狂言っていうものになるっていう、どこかでこれ以上越えてはいけない線っていうものを持ちながらやっているところが大事だと思うんですね。
土佐
その越えてはいけない線っていうのはどういうところで、逆に言うともしどういうことやったら破門になっちゃうんですか?

(会場、笑い)
茂山
んー、破門になった人まだないんで…。

(会場、さらなる笑い)
土佐
それだけ自由ってことですかね。
茂山
大概の場合大丈夫だと思うんですけどね。
多分、このゴリラ楽を山本家の人がやったらちょっとマズいんじゃないかな、というところはあったりしますよね。ただやっぱり、狂言だなって見えるかどうかっていう線だと思うんですよ。その線がねえ、わからないです。まだ僕にも。
で、一ついろんな芸能の方がおっしゃるんですけど、型破りは許せるけど型無しにならないように、っていう線だと思うんですよね。それもやってみないとわからないです。やってみて、これはやっぱり型無しになってたなっていう風に後で思うことは多いんですけど。
そこはまあ、墓場までそれを追求していくことになるんじゃないかなと思うんですが。
山極
表現方法というものは、やっぱり言葉とかいうものにならないものだから。目に見えるものとして写っていく場合、どんなに自分が足掻いても、何か一つの統一感みたいなものがあって。
たとえば千三郎さんが色々工夫を凝らして別々の表現をしたとしても、やっぱり千三郎さんだとわかっちゃう、みたいなものがあると思うんですよね。僕がさっきゴリラ、チンパンジーのドラミングを見せてその後歌舞伎の見栄を見せて一緒だろって言ってたのは、そこに本心があるんです。つまり、体の構造が似ていたり、姿勢、つまり生きる構えみたいなのが似ていると、あるいは異性からの期待感を一心に受けて、自分が美しくなろうという表現を極めていくと、似たような表現になっちゃう、っていうのは何かやっぱりそこに似たものがあるからなんですね。しかもそれは、その言葉になると全然違って聞こえるものが、身体でやるとどうしてもそこを越えられない何か統一感、共通点みたいなものが出てきてしまう。というものがありはしないかなと思います。
茂山
あるんじゃないかなと。自分ではそれはこうだから共通項も同じなんだという風に認識はしていないんですけれども。よく言われる守破離って言葉がある通り、自分では離れてないつもりなんだけども、いつの間にか離れていっている。"守"、"破る"ですよね。で、"離れて"いく。
自分で父の芸から離れていこうとすると、多分変なことになる。いつの間にか父に教えられたことをやってやってやっていると、父と違うようになったかなって自分で思うんですけれども、ある人に「お父さんによう似てきはって」って言われると、やっぱ同じやなっていうようなところなんですね。
山極
それはね、何とも表現がしようがないんだけども、例えば土佐さんが音を色にするみたいなこと、あるいは春や四季というものを表現するときに、やっぱりみんなが見て、おお、これは春だよなっていうような、シンガポールの色を使っていても、それが飛び込んでいくような感じがするというのは、人間が持っている心に訴える何かが共通しているからだと思うんです。
だから、いかにそのアーティスト達がとんでもないことを初めても、どこかにそれは理解されるような何者かがあるんじゃないかと思います。
土佐
あると思います。しきい値っていうのは非常に人によって違うところもあったりはするのかなって思いますが、あると思うし、それが文化の遺伝子なんじゃないかなと思う。
山極
文化の遺伝子か……それはちょっと聞き捨てがたいですね(笑)。
土佐
いや、例えば狂言の千三郎さんが父に似てきましたねって言われるのも遺伝子が為すものかなと思うし、我々自体もやっぱり両親に似てますよね。性格とか顔とか様々なものが似ていて、もちろん生物的にはそういうものがあるんではないかなと思いますし、いずれ生命科学かなあ、まあそういう分野の学者が発表してくれるんだろうと思うんですが。それと同じようにですね、私がボストンに三年くらい住んでて思ったのは、まあ文化の違いでアメリカ人になれないのは当たり前なんですけど、もう染み着いた自分自身が日本人の文化の遺伝子を持っているっていうのはすごく感じたんですね。
だからそれを感じたときに、自分だという、それまで根無し草だったものが、地に着く。根付いてくる。しかもやっぱり現代アートなんかやってるとですね、やはりちょっと根無し草なところがあると思うんですね、若い頃というのは。自分が何者かというのがまだ定まってないとき。でも、それがだんだん表現していく中で、よくいろんなことを考えて、いろんな出会いもあって、そういうことと、今までの歴史を振り返ったときに、自分はここでつながっているんだって言うことを感じる、そこが結構重要なポイントではないかなと私は思います。
山極
実は昨日、奥本大三郎さんと話をしていたんですよ。彼は昆虫少年で、昆虫趣味をずっとやってきた。だけど本業はフランス文学者なんですね。
彼が言うには、人間が建築で使う形や色というのは、その土地にある自然の色や形からとってる。非常にそれが、本人は意識してないんだけど似てくると言うのですよ。タイの寺院は、タイにいるカブトムシの形によく似ているって言うんですよね。とんでもないと思ってたら本当に似てるんですよ。アフリカのマサイの人達が着ている服、先住民の人達が身体につける飾りっていうのはやっぱりアフリカの色に非常によく似ているっていうんですよね。南米の人達が作る器につける色っていうのは、南米の鳥達の色に非常によく似ている。
それはやっぱりその土地土地によって、生まれながらにしてその色や形に感動するという心を身につけて、それを知らず知らずのうちに造形をするときに、その自分の感動した色や形を使うって言う風になってしまうからではないかと僕は思うんですけど。
土佐
いや、まさにそうだと思います。よく聞く話なんですすが、東北に住んでる人ってあんまり派手な赤、黄、青みたいな色を使わないんですね。割とモノトーンの絵を好むと言われていて。赤道直下に住んでいるような人達、南の国に住んでいる人達は、わりと原色を好むと言われてますから。服もそうだし。
山極
でもそれ土佐さんがアメリカに住んでてそうはならなかったわけ?
土佐
いや、異邦人でしたねやはり。それはやはり自分がもう日本人だっていうことをすごく自覚して。
あと面白かったのは、日本がそれまで嫌いだったのに恋しくなって好きになったんですよ。改めて自分がいかに日本のことを見ていないかってことをボストンで知りました。それでたまたまボストンという土地柄、フェノロサとかいろんな方がいてですね、ボストン美術館の中に日本美術だとか様々なものをそこで見て、逆輸入みたいな感じで非常に感じるところがあって、まだまだ自分が知らなかったんだなってことに気づいて、そこからですね、色々勉強したのは。
山極
それは私にも言えて、向こう側に行ったから、人間の良さも悪さも、まあ悪さっていうか変なところが見えてきた。それはやっぱり垣根を越えた良さ、美点なんですよ。自分が違う視点を手に入れた。
ただその、違う視点を手に入れるためには、やっぱり頭の中で向こうにいっても駄目で、身体ごと向こうに行って体験しなくてはならないってところがあるんだと思いますね。
土佐
そうですね。まさにそう思いますね。
茂山
あのー……垣根っていう部分で言うと、私達が何かを、狂言っていうものをね、今まで六五〇年やってきた。その前に、結局猿楽っていうのがあったわけじゃないですか。これはもうものまねであったりとか、コントみたいなもので、即興劇だったものが、猿楽と呼ばれてて。それがいつの間にか能、狂言というものになって。
何故それが猿だったのかというと、日本の国内で人間に一番近いのが猿だったんですよ。で猿真似をしてきたはずなのに、こういう山極先生みたいな人がですね、ゴリラを持ち込んで来ちゃったわけですよね。

 (会場、笑い)

で、僕からするとですね、狂言と猿との間にボーンッとゴリラが入ってきたんですよ。で、これを猿楽じゃあできないなって思ったので、ゴリラ楽っていうものが生まれてきたんですけれど。六五〇年間その歴史の中で、日本人の中で人間に一番近い存在という猿というものが、この京都大学のおかげで、ゴリラっていう近いものがでてきた。そこでどうしたのかっていうと、いろんなお話を聞いて目から鱗のような狂言と共有できる部分、人間と共有できる部分っていうのがあったので、このゴリラ楽っていうものは少し垣根っていうのがなくできたんではないかという気がするんですね。
土佐
すごく特徴的な行為がありましたよね。見つめあうとか。
茂山
そうですね。構えるとか。
土佐
あれゴリラ楽オリジナルのものですよね。
茂山
そうですね、はい。ただね、その狂言っていうのは今でこそ舞台から降りることはないと思うんですけれど、猿楽って恐らく客席から上がってきて客と、客いじりですねつまり、すいません先ほどいじりましたけど。そういうのがいっぱいある中で多分行われていたものだと思うので、もう一度そういうものが再現できるようなヒントになったんではないかなって自分の中ではすごく思います。
土佐
でもそこに、やはり狂言だから、笑いとか、まあコメディーって言ったら怒られるのかもしれませんが、そういうのを考えつつ、そういう演技の型を考えるんですよね。
茂山
そうですね、型。先ほど離見の見の話をさしていただいたときもそうなんですけれども、狂言っていうのは擬人っていうのがすごく得意なんですね。女性ですら男性が演じる、それが可笑しいんですけども。
それ以外にも、狐を演じたり、蚊を演じたり、あるいは先ほどの雷を演じたりっていう風に、いろんなものを演じます。もっと言えば、木を演じたり桜を演じたりするし、それを飛び越えて正義を演じたり悪を演じたり、っていう概念っていうところまで演じていくことができます。
それって人間から考えると遠い遠いものだったのに、先ほども言いました通り山極先生が一番近いところを持ってきたものですから、これはね、本当はやりにくいんです。すごく人間に近いからですよね。
山極
千三郎さんがお面を被ってね、演じるとき、そしてお面をはずしてやっと役から解放されたときっていうのはね、やっぱり二つの概念の間を行き来していると思うんです。面を被ることによって、やっぱり違うものになりきる訳でしょ?
茂山
そうですね、能の世界では完全に鏡の前に座って面(おもて)をつけて、ずーっと自分を見つめて、面に気持ちを入れていくっていうのですか、面(おもて)、面(めん)っていうものに魂があるという考え方なんで、自分の面をつけた姿を見て役に入っていくっていう精神性はありますよね。
山極
面白いなと思うのは、例えば僕らは結果的に動物の調査をしていて、ゴリラにしたってチンパンジーにしたってニホンザルにしたって、人間の言葉を持っていないから言葉を使ったコミュニケーションができないわけですよ。ただ、彼らの中に入って、彼らと一緒に行動しているときに、なるべく彼らが緊張しないように、あるいは変な関心を自分に抱かないように行動してるから、自然と猿やゴリラの行動になってしまう訳ですよ。そのときに、やっぱり心っていうのはね、仕草で表現されるものだなと。我々はずっと古く昔から、仕草でコミュニケーションをとってきたんだなって気がするんですよ。
さっきいみじくも、千三郎さんは見てないかもしれないけど、ゴリラとフクロウとコミュニケーションをとる場合があるんですよ。フクロウは、ああやってでっかいグローブみたいなゴリラの手で触られても怖がってないわけですね。それはコミュニケーションが成立しているんですよ。これは遊びだと言うことがフクロウにもわかっている。そういうことを、我々人間はずっと行ってきている。きたんだと思います。
で、そこで必要なのが、単なるコミュニケーションではなくて、それをもう一つ越える心の表現なんだと思うんですよ。そこに、私は現実、アートと言えるようなものの在処が出てくるんじゃないのかなっていう気がします。
土佐
最近思うんですけど、人とコミュニケーションをするときに、わかりにくくなってると思うんですね。感情を込めて話すっていうのがあまり格好良くないような風潮もあって、わりと論理的に合理的に判断でやるというような世の中になっているので、あまり熱く語るとですね、むさ苦しいような感じになってですね、そういうことがあってわかりにくくなってると思うんですね。
そういったところで、もちろんしゃべった方が早いならしゃべった方が良いと思うんですけど、アートっていうのはインターフェース、間に入るものとして非常に有効であり、昔は呪術とか演劇だとかそういったところから来ていて、今は(手元のノートパソコンを持ち上げて)これが入ってくるわけですね、コンピュータが。だからコンピュータが入るところは入っても良いんですけども、使い間違えがあってしまうと、そこでコミュニケーションが断絶されるので、そこを復元するためにもアートっていうのが必要じゃないかなって思います。
山極
コンピュータを使った狂言というのはできますか。
茂山
コンピュータを使って……ね。映像を出すというところまでは確かにもうありますよね。ただ、将来的なところで、今も雷さんですね。雷神が動いてましたけれども。なんですか、点々つけて動くやつ、なんでしたっけ? 自分に点々をつけて。
土佐
あ、モーションキャプチャー!
茂山
モーションキャプチャーね。モーションキャプチャーを撮ったことはあるんです。なんかモジモジ君みたいなやつを転々いっぱいつけてですね、動き舞うわけですね。僕が舞う。それをたとえばウルトラマンが舞う。映像乗せるとウルトラマンが完全に狂言をするわけですよね。そいつと狂言してみたいなっていうのは思いますね。そういうことが今後できていったりするのかなって。
土佐
なるほど。
茂山
あるいは、僕が演じているものを三代前の千作がやってみるとか。映像を変えてみるとか。山極先生がやってみるとか(笑)。そういうことが、なんかもうできてしまうっていうのは、一つ今でないと見れないものだとは思いますよね。
土佐
そうですよね。そこを明るく言うとそんな感じになると思います。私も前ですね、十年くらい前に、吉本興業ってあるじゃないですか、吉本興業の人達と一緒に、インタラクティブ漫才という、つっこみコンピュータっていうのを作ったことがあるんですけども、非常に難しかったです。
つっこみの間合いが。ボケとつっこみ、どちらかというとつっこみの方が簡単ですので、コンピュータはつっこみをやったら良いんじゃないですかって言われてつっこみコンピュータになったんですね。でも非常に人間と間合いが難しいんですよね。やっぱり結局人間が助けてる感じになるんですよね。
そこが非常に難しくて、笑い、笑いのインタラクションというのは非常に難しいなと思いましたね。
土佐尚子氏・山際総長
山極
僕ね、似たような体験したことあって。爆笑問題と京都市動物園で対談したんですよ。爆笑問題って田中さんと、もう一人誰だっけ…。
土佐
太田さん。
山極
あ、太田さん。太田さんはいつも喋って、田中さんが合いの手入れるじゃないですか。田中さんこっち(手前、向かって左)にいて、太田さんこっち(向かって右)にいて。三角形で話をしていたんだけど。バックヤード、ゴリラの園舎だったから、私の後ろにゴリラの顔が見えるんですよ。そうすると太田さんがね、うわぁっとしゃべろうとしてるんだけど、ゴリラの顔がちらちら見えるもんだから、しゃべれなくなっちゃったの。
太田さんってやっぱり天才的な漫才師というか、芸人だから、相手の顔を見て先を行くんですね。話を作る、相手をいじる、ってことをやるんだけど、私の顔とゴリラの顔がだぶっちゃって、読めなくなっちゃったんですよね(笑)。ずーっともう、しゃべれなくなっちゃって、しょうがないから田中さんと私ばっかり話してたんですよ。
だから、やっぱりインタラクティブであるっていうのがいくつか人間にはやりかたがあって、太田さんのように顔と言葉というのがセットになって、頭の中で急回転するようなインタラクティブっていう話と、それからやっぱり千三郎さんのように相手と自分との間に合意形成をしつつ、これが遊びだなあとかある程度その先を両方とも合意しつつ進ませていくようなやりかたと。
それからまあ、そのアートっていうのはどうなのかって聞きたいんだけど、そのお互いに確信を持たないインタラクティブっていうのもあると思うんですよ。
土佐
勿論、それはあると思います。お互いに確信を持たないというかですね、ふと思ったんですけども、山極先生のゴリラの研究のご講演を何度か拝聴したことがあるんですが。
例えばですよ、ここにあるゴリラの面をつけてですよ、山極先生がゴリラのことをしゃべったらですよ、やっぱり受け取り方って変わると思うんですよね。次のご講演のときには是非やっていただきたいと思うんですけども。
それはやっぱり受け取り方っていうのは全然違うし、アートを作っているアーティストっていうのは、こう受け取って欲しいと思うのが50%くらいあるんですけど、その通り受け取ってもらえたことなんて一度たりともないですよ。例えばアーティストにとっていいことの一つとして、日本近代美術館買い上げ、とかあるでしょ。そのときに、アーティストはこの作品がいいと思ってるんだけれども、美術館としては美術史の中から見ていきますから、選ぶ作品とか全然違うんですよね。そのへんのコミュニケーションギャップっていうのは、もうしきい値の範囲内だと思ってます。
山極
だからね、僕はかえって羨ましくて。評価できないものでしょ、アートって。我々サイエンティストの作品は全部評価されて、ランク付け、点数つけられちゃうんですよ。これが大変なんですよ。うちは良いとして(笑)。
茂山
あのー、結局客席、あるいはご覧になる方と私達のステージ、あるいは作品との間にあるものって、僕らはやっぱり空気だと思うんですよね。空気って言うのを変えることができる人ってすごいんだと思うんですよ。今でも、こっから(会場の反対側から)出させてくださいと。いきなりここ(座席)で始まるっていうと、僕空気作れないので。通りながらここどうなんだろうなってさぐって上がってきて、なんか空気っていうものを作っていこうとする。そういう能舞台でも何でもない会場のね、世の中で、僕もまったくわからないですから。
そういう空気って言うものを感じること。そして、さらにそういう空気を変えていける役っていうのが、それが一番すごい。それはやっぱりどんだけ己の心っていうのを出していけるか、気持ちって言うのを出していけるかっていうアーティストのすごさなんじゃないかなって思いますね。
土佐
それは離見の見とか、序破急とか、そういったものを越えて変えていくっていうことを、千三郎さんは目指しておられるんですか。
茂山
そうですね、いわば自分とかの色っていうことですよね。一生懸命やっても結局親父に似てきましたねって言われるけれども、反骨して千三郎の色って言うものを作りたいと。その色に会場を塗り変えるんだっていう。全然塗り変わってないじゃんって言われるかもしれませんけど(笑)。
そういう思いを持って、そういう空気にしていきたいっていうことだと思うんですよね。
土佐
それが、千三郎さんが生きた証のアートなんだっていう
茂山
なんですかね。でも死んじゃうと残らないんで、無形文化財って言われるんですよね。
(会場、笑い)