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現在位置: ホーム ja 公開講義 特別講義 科学・医療・アートをつなぐ「好き・SUKI」の力学 生徒(中学1年生)の感想と返事(抜粋)

生徒(中学1年生)の感想と返事(抜粋)

福知山中学校の生徒さんと富田先生のやりとりの一部を紹介します。

生徒より
本日はお忙しい中、とても面白い講義をしていただきありがとうございました。世の中にあふれるいろいろな問題を討論のように考える哲学的視点から楽しむことができました。僕は、こういった討論みたいに哲学的に考えることが好きなので特に楽しむことができました。これからもいろんなことにアンテナを巡らせて“制御”するのではなく“学習”することを大切にしてきたいと思いました。
(返事)
私は、たとえばみなさんに入学試験のようなものを押し付けて、ミスなく正解に至るかどうかを評価する側にいます。ミスなく正解に至るためには、どうしても「制御」とか「命令」が必要になってしまいます。けれども、そんな試験の向こう側にいる教師も、やっぱりいろいろと矛盾を持って苦しんだり、また楽しんだりしている、それぞれの「私」であることを想像してみていただけると嬉しいです。
生徒より
世界で一番難しい問題をみんなで考えました。「私」のことを一番理解しているのは「私」ではないと思いました。それは、自分の思っている自分(みる私)と他人から思われている自分(みられる私)は違うからです。でも、どちらも「私」のことを理解しているとはいえないのかもしれません。講義を通して、「私」のことや「矛盾」のことなど、深いことを考えることができ楽しかったです。
(返事)
ありがとう。そうですよね。私はいま63歳ですが、未だに自分のことは理解できていません。だからこそ生きている意味があるようにも感じています。
生徒より
こんかいの講義は、僕にとっては新たな考え方を知るきっかけになったと思います。改めて、自分、いや「私」の存在を見直したときに、「私」という存在は「他者」によって形成されているから個性があり、それが複雑にからみ合い、矛盾を生みながらあることを考えると、自分自身が不思議な存在に思えてきました。将来の僕の存在を思い描くにあたって、自分自身を見直し、また様々な考え方を与えて下さった先生に感謝いたします。「私」を大切にしながら、これからを生きていこうと思います。
(返事)
はい!それが言いたかった!
(「私」を甘やかす)のと(「「私」を大切にする)は違いますよね。
生徒より
今までのみらい楽の講義の中で一番興味関心を持って聞ける講義でした。これといって正しい正解もなく自分の意見が自由に持てる講義でとても楽しかったです。大人でも難しい問題を考える機会があまりなかったので、みんなで話し合ったり、発表できたりして新しい体験ができて良かったです。これからもたくさんの物事について自ら考えられるようにしたいです。
(返事)
私たち教師は、どうしてもテストをしたりして、「正解」を見せないといけないのですが、そんな私たち自身も「正解」のない問にいつも悩まされています。
生徒より
私が一番印象に残ったのは、“見る私”と“見られる私”です。主観的に見る行為と客観的に見られている行為では全然違うことが分かりました。あと、矛盾している思いを考えるのもおもしろかったです。見たくないのに見てしまうっていうのは、人間の本能なのかなと思いました。普段あまり考えないことを考えて楽しかったです。
(返事)
考えるおもしろさを知っていれば、モヤモヤの中にある本能を、知らないうちに操られることも防げるかも、、
生徒より
今回の講演は今までの知識として知るというものではなく、自分で考えるという新しい内容でした。特に、私は生物の分野が好きなので「イキモノのコピーはできるのか?」という議題が印象に残りました。私としては結論がでませんでした。なぜなら、それは状況によると考えたからです。例えば、1人の人間から作られた2人のクローンがいたとします。このクローンたちだけで話し合った場合、「私」と「あなた」という風に考えてしまうためコピーできたとは考えられません。しかし、ここにオリジナルの人間が追加されると、このオリジナルは「この2人は自分から作られたクローンだからどちらも同じ」と考えることができます。だから、この場合コピーできたと考えられます。つまり、第三者が介入するかどうかで変わるということです。以上が私の意見です。
(返事)
なるほど、、客観的、というのは、第三者が介入することによって、「私」が「あなた」になり、「あなた」「私」になる矛盾を避ける方法、なのかもしれません。
生徒より
いつもの講義とはちがい、これといった答えのない話だったので自分もよく考え、発言することができました。私はよく「生きているとはなにだろう」など答えのない問題を考えたり、「一人になりたいのにさびしい」と矛盾したことを思うこともあります。学校の勉強のように答えのあるものだけでなく、ない問題を考えて自分の意見をもつことも大切だと思いました。
(返事)
そうですよね、答えのある問題はみな同じだけれども、答えのない問題こそ「自分のこたえ」って言えますよね。
生徒より
何かを教えてもらうのではなく、あなたはどう思うか、どう考えるかをきかれるのがおもしろかったです。
(返事)
逆に、私(富田)は、ずいぶんいろいろ教えてもらいました。
生徒より
誰かになにかを言われて何かをいやいやするのと、自分でしたいと思ってするのとではやっぱり違うのだなと思いました。また、本当はこうしたいと思っていても、人に言われて意見を変えてしまうことが私はよくあるので、「私」とは何なのかを考えるのはとてもいい機会でした。「私」を持っていることが生きるということなのだと思います。
(返事)
私の場合、人に言われてやる1日の仕事よりも、自分から進んでやる5分の仕事の方が、ずっと後まで残るいい仕事になっています。
生徒より
「人はコピーできるのか」や「SUKIる」の話など普段考えないようなことを違った視点から考えることができ、とても勉強になりました。「私とは?」といった哲学的なことを考えるのは初めてだったのでとても新鮮な気持ちで考えることができました。
(返事)
「新鮮な気持ち」これ、最高にうれしい言葉です。もし私が何度もそちらに行って、勉強を教えたりすると、新鮮さがなくなってしまう、、ビューっと風のように通り過ぎたのがよかった?