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05

植民地支配と朝鮮・日本の考古学(2)


-栄山江流域の前方後円墳をめぐって-


朝鮮・韓国学入門 第5回講義 吉井秀夫 2005/11/4

1栄山江流域の前方後円墳問題
(1)栄山江流域の地理的環境
・朝鮮半島の西南端、全羅南道に位置。朝鮮半島でも最大の穀倉地帯

・朝鮮史でも重要な都市が流域に所在
 光州・羅州・木浦
栄山江流域の前方後円墳の分布
図1 栄山江流域の前方後円墳の分布

(2)前方後円墳発見の経緯
1980年代 姜仁求による前方後円墳の「発見」

1990年代 前方後円墳の発掘
(成果)
 墳丘が前方後円形であることの確認

 周濠の確認
新徳古墳
図2 新徳古墳

 横穴式石室→構造や風習が、北部九州の横穴式石室と類似

 「埴輪」の発見
長鼓峯古墳石室 栄山江流域の「埴輪」
図3 長鼓峯古墳石室   図4 栄山江流域の「埴輪」

(3)なぜ、問題なのか
・日本考古学における前方後円墳の評価
日本列島における前方後円墳の分布
図5 日本列島における前方後円墳の分布

・任那日本府問題

2 栄山江流域の三国時代墓制とその解釈をめぐって
(1)植民地時代における調査成果と解釈
・羅州潘南面古墳群の調査(1917・1918・1938)
 大型甕棺・日本の須恵器と類似した土器・「埴輪」の発見
新村里9号墳全景 新村里9号墳の甕棺
図6 新村里9号墳全景  図7 新村里9号墳の甕棺

「是等ノ古墳群ハ、其葬法ト関係遺物トヨリ推シテ、恐ラクハ、倭人のモノナルベシ」

・文献資料からみた全羅南道
 →任那の一部と理解

(2)解放後の調査成果と解釈
・金元龍の研究
 専用甕棺墓制は、百済の地域墓制と考える

 日本の古墳と類似した要素→日本の古墳の祖形である可能性を提起

・地元研究者の調査成果と解釈
 専用甕棺墓制の変遷の解明

 「馬韓の墓制」説の提起

3 栄山江流域の前方後円墳が提起する問題
(1)考古資料からみた実態

(2)考古資料を解釈することの意味

参考文献
朴天秀2002「栄山江流域における前方後円墳の被葬者の出自とその性格」『考古学研究』第49巻第2号
吉井秀夫2001「栄山江流域の三国時代墓制とその解釈をめぐって」『朝鮮史研究会論文集』第39集
吉井秀夫2005「栄山江流域の「前方後円墳」を視る目」『歴博』No.129

図版出典
図1 朴天秀2002「栄山江流域における前方後円墳の被葬者の出自とその性格」『考古学研究』第49巻第2号、図1(一部改変) 図2 国立光州博物館2000『特別展 湖南考古学の成果』写真150
図3 国立光州博物館2000『特別展 湖南考古学の成果』写真153
図4 国立光州博物館1998『栄山江の古代文化』p.90-1
図5 山川出版社2005『詳説日本史』p.19左上
図6 吉井撮影(1987)
図7 考古学会1920『考古図集』第3集